【キムラスカ城 1日目】

早朝のことだった。

は、執務室の椅子に座り、長方形の縁をした眼鏡をかけ、少将より上が読むことが許された資料を読み倒していた。
結局、寝てない。


ノック音。
メイドが来たのかと思い「入れ」と声をかけたが、現れたのは、なんとアルバイン内務大臣だった。

いつもインゴベルト六世陛下の傍にいる、小太りで背の低い大臣だ。
は、読みかけの資料を机に投げ捨てるように置き、アルバインの前に膝を折り挨拶をした。

アルバインは、咳払いをして、早口でこう言った。
「会議を執り行おうにも他の大臣らが揃っていない状態でな。今、こちらに向かっているが、四日程かかるとのことだ。そこでだ、これより四日間。マルクトの名代の警護を任命する。国王陛下直々の命だ、よいな」

そう言い終えると、一息つき、辺りに人がいないことを確認したにも関わらず、今度は声を顰めて。
「協議の結果を、王が直々に発表する。和平の返事が良いものでない場合・・・死霊使い(ネクロマンサー)を取り押さえろ。最悪の場合は・・・分かっているな」


「と、内務大臣が言っておられた」
ジェイドとは、長机を挟んで向き合うようにソファーに座り、メイドが持ってきた朝食を囲っていた。

ジェ「・・・警護の話は構いませんが、そこまで言ってよろしかったのですか?」
長机に置かれた朝食は、色鮮やかで新鮮なサラダ、表面が狐色のトーストにベーコンエッグ、数種類のジャムなどがあり、デザートに柑橘系のフルーツが添えてあった。

真っ白なカップとソーサには、繊細で細かな柄が紅色で描かれており、琥珀色の紅茶が豊かに香る。
最初は珈琲が出されたが、ジェイドが紅茶を所望したため、濃いめのダージリンとなった。

メイドは、紅茶を好みの濃度に変えられるよう、湯を用意した。
ジェイドは、感心し、にっこりと笑ってメイドにお礼を言った。

メイドの頬が赤くなっていたのは言うまでもない。


「別に、言うなとは命令されていない」
は、サラダを口に入れた。

水々しい葉が、シャキシャキと口の中で鳴る。
ジェイドも、驚くそぶりも見せず、空になったカップに紅茶を注ぐ。

ジェ「なるほど、確かに貴方の言うとおりですが、その話を聞いて、私が・・何もしないとお思いですか?」
カチャリとソーサとカップを上げて、片方の手で優雅にカップだけを持ち上げると、何事もないように紅茶に口をつける。

口に入れたミニトマトがはじけ、ちらとはジェイドを見た。
「何か、するのか?」

そう言って、そばにあったベーコンエッグにフォークを突きさそうとした手を止めた。
ジェ「さぁ」

ジェイドはカップから口を外し、両肩を上げ、気のない返事を返す。
「そうか。だが、案ずるな。結果が分からん以上、私からお前に危害を加えることはない」

ジェ「そう、命令されているから、ですね」
「そうだ」

ジェ「・・・・」

ジェイドは、空のカップに目をやり、ティーポットをへと向けた。
ジェ「飲みますか?」

「あぁ、頂こう」
ふと目をやると、ジェイドに用意された朝食は、綺麗になくなっていた。

とぽとぽと傍で、ジェイドがカップに紅茶を満たしていく。
「・・・・早いな。食すのが」


そうして、一日目は、問題なく終わりを告げた。






はずだった。




夜。
内心は困っていたが、顔は無表情でジェイドを見ていた。

「・・・・・私の説明力がないのだろうか」
は、米神に人差し指を当て、空を眺めた。

ジェイドは、ソファーに腰掛けながら、の執務室の棚にある書に目を通していた。
ジェ「いいえ、貴方の言っていることはきちんと理解しているつもりです。説明能力は大丈夫でしょう、おそらく」

「ならば、私と共に、客室へ帰るぞ。もう夜も深い。昨日のような無礼な処置はしたくないのだ。その本ならば、持って行ってかまわん」
は、執務室のドアの前で立ち往生し、ジェイドを客室へ連れて行こうとした。

だが、ジェイドから移動する気配は一切なく、ソファーからも立ち上がろうとしない。
ジェ「何度も申し上げていますが、キムラスカでここより安全な場所はありません。決議まで、私はこの部屋で過ごします。あぁ、寝室は貴方が使ってください、私はこのソファーで一向に構いませんから」

「・・・・」
は諦めたのか、溜息を吐き、ジェイドと向かい側のソファーに腰掛けて、ジェイドを真正面から見た。

「・・・分かった。だが和平の使者、マルクト皇帝の名代ともあろう方に、このような場所で、寝かせるわけにはいかん。私ので申し訳ないが、寝室を使っていただこう」
譲る気は全く無いという空気をはあえて醸し出し、ジェイドを鋭く見た。

ジェ「いえいえ、そんな。陸軍大将ともあられる方に、そこまでして頂かなくても、結構ですよ」

ジェイドは目も合わさず、否定を返す。
の顔がピクリと動き、立ち上がった。

この部屋ならば、私の!!それが嫌なら、客室だ!!無理矢理にでも、連れて行くぞ、私は!!警備が最優先事項ならば、貴殿への無礼は二の次だ!!

は、激励を飛ばすかのように言った。
既に同じような会話を、この十分で五度以上しているからだ。

かつ、いつも目を合わせて話すジェイドが、今はまったく自分と目を合わさないことに、小さな苛立ちがあった。
ジェ「・・・・客室の場合、貴方はどこにいますか?」

話しの流れが、変わったことに、は落ち着きをはらって答える。
だが、少し乱暴な口調となった。

「扉のすぐ傍、廊下だ」
ジェ「ここでしたら?」

「この執務室だ。寝室にはいかん。・・・最も、貴殿の気が散るというならばこの部屋の廊下にいる」
ジェ「いえいえ、気が散るなようなことは、ぜーんぜんありませんよ。今のところ。分かりました、貴方がそこまでおっしゃるなら、ベットを使って差し上げましょう」

ジェイドは、ぱたりと書を閉じて、やっとと目を合わせた。
は、軽く頭を抱えたまま、少々気だるくなった体を奮い起こして、ジェイドに言う。

「・・・既に知ってのことだが、シャワールームは、寝室を入って左手に見える扉、好きなように使って頂きたい。寝具などはメイドが用意している。何か足らないものがあったら、言って欲しい、可能な限りこちらで用意する。・・・何か、ほかにあるだろうか?」
は、話しながら部屋の外に人がいないか、再び警戒し始めた。

ジェイドは、そんな様子のを観察するような、面白い物でもみる目つきで見ている。
ジェ「貴方がよろしければ、寝室で警備してくださってもかまいませんよ。外部から侵入でもされて、寝ているところを「長年の恨み」の言葉を最後に、死にたくありませんからね」

「ふむ。だがそれでは、気が休まらんだろう。キムラスカ領土のいる限り、休まるわけはないか。それでも・・」
ジェ「言いませんでしたか?ここ以上に、安全な場所はありませんと。つまり貴方の傍ほど、気の休まる場所などありません。まぁそれも、決議の前まで、ですけどね」

そう言いながら、ジェイドは本棚に数冊の書を元の場所に戻していき、執務机の奥にある扉に移動した。
はソファーから立ちあがり、ジェイが扉を開けるのを制した。

「なにがあるか分からんからな、私が先に入って確認せねば」
ジェイドは、に向かってにっこりと笑った。

ジェ「ご苦労様です」







キムラスカ城 滞在2日目

TOPページへ