佐助「姉さん?」
半三の目は、ふたたび長い前髪で隠れた。

半三「猿飛さんに教えてないの?かすがさんにも?」
半三は小首を傾げる、声が上ずっている少し驚いているようだ。

が半三の問い黙り込んでいることに、政宗は違和感を感じて、ちらとを見る。
問いに対して、それが嘘であろうとなかろうと、例え言い方が不器用な縫い目のようであっても、は返答だけは怠ることはなかったからだ。

政宗(?)
政宗がを訝しげに見ていることに気づいた半三が、信じられないような物言いで。

半三「まさか、その方に教えてるはずないよね?」
佐助「俺様が知らないこと、知ってるはずないじゃない」

政宗の眉が、ぴくりと動いた。
蚊帳の外に出された言い方が気に食わない。

確かに、共に過ごした年月からいって、あいつらよりのことを知らないのは明らかである。

だが、は奥州の、自分の家臣だ。
家臣の身に起きていることは、自分の身に起きていることと同じ。

政宗は瞳を軽く左斜め下に移した。
夜海を思わせ波打つ髪が視覚を犯し、不愉快な気持ちが霞がかっていく。

家臣と安易に言いくるめてしまったが・・・。

政宗(そんな安っぽいもんじゃねぇな)
小十郎と同じよう、家臣などという言葉ではおさまりきれないほどの存在になりつつある。

ただ片倉小十郎とは、まったく同じかといえば、違う。
小十郎に任せておけば安心だな、と思うことをにやらせると、どうも不安になる。

時間が解決するだろう。

だが時が経つにつれ不安は増す、政宗は、どこかでを信じきれていないのかと、小十郎に漏らした。
小十郎は驚く様子も見せず、淡々と答えた。

(小十「政宗様。それは、不安ではございません。私が、政宗様のことを思うのと同じこと。・・・少し、違うかもしれませんが」)
信頼しているからこそ、と小十郎は付け足して言った。

はっきり言って、今でもその言葉の意味を、自分は理解しきれていない。
不安ではない・・・そうなると、このはっきりしないものが胸中を渦巻くのは、何なのか。

政宗「・・・
政宗の胸の内で収まりきれなかったものが零れ落ちた。

その先、政宗が何を言おうとしているかは、分かりきっている。
は噤んでいた口を、僅かに開け。

「腹違いです。ですが、服部とは当の昔に縁が切れて、名乗る姓などありません。里に捨てられ捨てた私です。言うことではないと思い、言いませんでした。申し訳ございません」
は、半三から目を離さず、静かに自分の右後ろにいる伊達政宗に言った。

佐助「へぇ〜。孤児って聞いたけど、あの服部の血縁だったんだ。俺様とかすがが伊賀に入る前でしょ、縁を切られたのって。何?、何かやらかしたの?」

半三「母を殺したんです」
佐助「へぇ〜。・・・えっ?」

全員(!?)

幸村「母君を・・・」
政宗「お前・・・そいつは」

「・・・・」
周りの刺すような空気に耐えられなかったのか、は僅かに俯いた。

小十「・・・・」
佐助「だから、縁切りね」

表情は変わらない、変えてはならない。
だが蛟を握る手が強まり、一度震えた。

半三は、この空気に首をかしげた。

半三「何だか、姉さんが攻められてるみたいだけど、姉さんは何も悪くないですよ」
以外の全員が、半三を狂者のごとく見る。

半三は、口元を緩め軽い口調で言った。

半三「伊賀の藤村、桃血、服部のなかでも服部は、三家の長であり、誰よりも優れた忍でなくてはならない。だから、五の歳を迎えた時に、産みの母を殺します」

理解できない。
場の雰囲気が、そう告げていた。

「・・・・非情・・」

の目は、どこか過去のことを思い出すように。
「服部では非情こそ、最も優れた忍であり。その証明のために、母を・・・。出来ないものは、服部には不要であり、母子共に、里長が殺します」
佐助「でも、それって変じゃない?は」

半三「そう、姉さんは殺した。なのに祖父は、縁を切るという今までにないことした。僕にはそれがずっと疑問だったんだ。姉さん、何したの?」

は、自分の右手に目線を落とした、やはりその目はどこか過去を見ているように遠かった。
「泣いたんです。行動は示しても、感情は」

半三「嘘だ」
は、半三を見上げる。

半三「僕も泣いた。でも祖父は、今は仕方がない、けどこれから、誰を殺しても何も感じないって。・・・本当にそうなったよ。あのときから、誰を殺しても、里が滅んでも・・・何も感じない。姉さんは、嘘が下手なんだから、ちゃんと本当のこと言ってよ」
半三は口をへの字に曲げて、頬を膨らませている。

佐助「確かに」
政宗「否定はしねぇーな」

半三「下手ってこと自覚しなきゃ」
小十「・・・(頷き)」

蛟がと呼応して、周辺に湿り気が帯びる。
(そんなに下手でしょうか)

幸村「感心せぬぞ、殿」
半三は小さく笑っていたが、ふと、その声が止まった。

半三「なんでか知りたかったけど、そろそろ用を済まさないと」

半三が身構えると、底冷えするような殺気が発せられた。
その殺気がだと分かると、皆が意外なものでも見るようにに注目した。

唯一、佐助は、うっすらと笑みを浮かべている。

が一歩、半三との距離を縮めたとき、半三は、あるものを出した。
半三「これ、なんだと思う?」

佐助・(!!)
政宗・小十・幸村(?)

半三が手に持っていたのは。
佐助「それって、かすがの・・・」

「クナイ。それも、使い手として・・・?」
半三が片手にもっている四本のクナイからは、薄紅色に淡く光る糸。

半三「たまたま、僕も選ばれただけの話です。かすがさんは生きてます。・・・今は」
佐助は、満身創痍のなか平静を装い。

佐助「ちょっと、かすがにちょっかいだしていいのは、俺様だけだ。何してくれてんのさ」
半三「里のある場所に監禁してます。本当はこれをダシにして貴方を捕まえようと思っていましたが・・・姉さんがいるから、話を変えます」

佐助「随分、俺様のこと軽くみてない?あんたの里の生き残り全員殺して、かすが助けに行ってあげるよ」
半三は、佐助の殺気に気おされもせず、右手にクナイを持ったまま、左手から人型の白い紙を数枚、自分の前に投げ捨てた。

人型の紙は白い煙を上げ。
全員(!?)

白い煙の中から、かすがが現れた。
半三を囲むように、一寸の狂いもない姿のかすがが三人立ち並ぶ。

「紙代。それで、かすがも・・」
半三「うん。上杉謙信って方を何度か出したら、簡単に捕まったよ。猿飛さんも、これだと戦いづらいんじゃないかな」

そう言うと、紙代のかすがは白い煙と共に消え、地に紙だけが残った。
佐助「かすがは、もっと美人だよ」

皮肉交じりに言ったが、数十回も相手にしてたら、流石に気分は良くない。

片倉小十郎は、周囲を見回した。
さきほど相手にした忍の死体があった場所には、半三が出したのと同じ人型の紙代が、風に煽られていた。

小十(なるほど・・・)

半三「姉さん」
半三は、かすがのクナイで佐助を指す。

半三「猿飛さんの手裏剣を持って、もう一つの隠れ里まで来てよ。そしたら、かすがさんを無事に逃がしてあげます」
政宗「HA!!、言いなりになるこったねぇ。今ここでこいつを倒して、おめぇを付回す里ごと潰せばイイ話だ」

佐助は慣らすように手裏剣を回転させ。
佐助「独眼竜にのるわけじゃないけど・・・。今ここで、アンタを始末しておいたほうが、何かと都合は良さそーだ。かすがも、おとなしく捕まってないで、今頃脱走でもしてるんじゃな〜い?」

ジリジリと半三に近づく2人。
半三は微動だにせず、前髪で隠れている目はしかいないように真っ直ぐ見ている。

半三「姉さん。一人で里に来ないと、かすがさんは死ぬ。僕が無事に里に戻らなかったときも、同」

政宗「、耳貸すんじゃねー!」
佐助「そーそー、分はこっちにあるんだしね。この子の悪足掻きってやつ?」

「・・・・」
は声を出さず、口を動かした。

小十(?)
それは立ち位置により、政宗と佐助には見えなかった。

は蛟を構える際、半歩右に体を移動し、佐助から半三の姿を隠した。
半三は、と同じく、声を出さず口元だけを動かす。

ザッ

半三に向かって走り出す、半三はかすがのクナイを投げ飛ばした。
は姿勢を低くしクナイを避けた、その先には。

佐助「おっと」
佐助はクナイを、手裏剣で弾き飛ばした。

瞬間。

眼前に
蛟が、佐助の手枷に突き

ガッ!!

刺ろうとしたが、間に入った幸村の槍よって止められ、は後ろへと飛躍した。

ザッ

半三の姿はない。

は地を蹴り、再び佐助に襲いかかるが、佐助の前に出た幸村と刃を合わせる形となった。
幸村「殿、何故佐助を襲う。そなたの敵は」

ギィン

政宗「!どーいうことだ!!」

「私は常闇と蛟と引き換えに、かすがを助けます!」
佐助「半三への攻撃は囮ってこと。まったく・・やってくれるよね」

佐助の目つきから、静かな怒りが垣間する。

政宗「Un?そんなもん、いつ」
小十「があの忍を襲う前、二人の口元が僅かに動いておりました。おそらく、その時かと・・それよりも政宗様、今は」

小十郎から目を離した政宗は、と幸村を見た。
戦っている二人は、だいぶ離れてたところにいっていた。

政宗「あぁ、そうだな」
政宗(随分、楽しそうじゃねーか)

政宗は一刀、刀を握り、と幸村のもとへ走り出した。

小十郎は行ってしまった政宗を止めようとした手を下げ、ため息を一つ。
そして、上田城の奥に敵でも居るが如く、鋭い視線を投げた。



幸村「おおおおぉぉぉぉ!

ガッガガッ

隙あらば

ザッ

幸村を退き、佐助に襲撃しようとする

幸村「行かせぬ!」
(!)

幸村は二槍を高らかと掲げ、の行く手を阻んだことに成功し、口端があがった。
だが

ガッ

幸村「何!?」

は矢じりを蛟で挟み、幸村に向かって滑り落ちてきた。
を振り落とそうと、幸村は高らかに上げた槍を左右に広げた。

幸村(!?)
動かず。

は蛟で槍を凍結させながら、降下していた。
着地位置は幸村の顔面、幸村の目が見開く。

落下で威力が増したの蹴りを、幸村は右に避けた。
だが、氷付けされた槍のせいで、腕や肩は固定されたまま、避けたといえど。

ゴギィ

幸村「ぐぅっ」

それは首だけの話。
蹴りは左肩にはいった。

トンッ

は左肩を踏み台にして飛び、孤を描くようにし着地。
藍色と浅葱色の瞳が、佐助に向けられた。

幸村「おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
(!)

幸村の矢じりから炎が撒きあがり、氷に覆われていた槍は溶け、幸村自身にも熱い闘気に纏われる。
幸村は、氷を振り払うように槍を旋回させ、に向かって突進。

幸村「!!」
の浅葱色の目に、幸村が映る。

ギンッ

幸村(・・・・)
初め、刃を合わせたとき、幸村は佐助を庇うように戦っていた。

だが、そう配慮しながらも、己の中で闘志が芽生える。
幸村の目つきは、徐々に【虎の子】と呼ばれるに相応しいものとなる。

ガガッ

武田信玄、伊達政宗と、今まで何人もの武将と刃・・・拳を交わしてきた。
むろん、忍びとも戦った経験はある。

しかし・・・。
幸村が真直ぐに突く鏃の起動を、左右へ受け流すの刃。

刃で刃を研ぐように。
己の力をぶつけず。

交わすだけでなく・・・。

蛟の二手に分かれた刃と刃の間に、幸村の三叉に分かれた鏃を絡ませ、払うように弾くと、はそのまま力の方向に逆らわず、幸村に背を向けた。
と同時に蛟の刃を覆う氷を鋭く伸ばし、幸村を怯ませた。

炎と氷。
ギィン

相殺し合う

バシャッ

二つが残した跡。


チッ

「っ」
の右米神を幸村の矢先が掠めた。

は後ろへと飛び、初めて足を止めた。
幸村「

ガッ!!

は一刀の蛟を地面に突き刺すと姿を消した。
佐助を、と思った幸村だったが

幸村(!)

は、佐助ではなく、自分の前に姿を現した。
幸村は咄嗟に御そうと、地を強く踏み

ずるっ

滑った。
幸村(!???)

どっ

驚愕と混乱で受身を忘れ、尻餅。

自分との周り一帯は、灰色の石床ではなく、光り輝いていた。
地についた所から、冷たい感触。

それは
幸村(氷)

二人が刃を合わせた跡には、水。
が地に蛟を突き刺したのは、その水を凍らすのに仕掛けたものだった。

は、幸村の甲冑部分を狙う。
幸村「まだ、まだでござるううっ!!」

(!)
幸村は尻餅の態勢から、槍を地面へ突き刺し、それを支点に自らを回転させ、の刃を弾き返した。


ドガァッ!!!


遠心力によって強度の増した蹴りをは直に受け

「くぅっ!!」


ズシャアァァァァァッ

着地態勢がとれぬまま、地面へ投げ飛ばされた。
左半身強打、左腕全体に痛々しい擦り傷、震える腕で体を起こそうとしたとき。

ザッ
(!)

幸村の影が自分の覆いかぶさる。
幸村「すまぬ!」

槍先がに降ろされる。
は蛟を



ガッ
ギキイィィイン 



ゴッ

佐助「はいはい、そこまで〜。旦那、熱くなりすぎ」
政宗「、Coolじゃねーぞ」

佐助は幸村を、政宗はの前に出て、二人を止めた。
幸村「・・・ぬっ。すまぬ、佐助・・殿」

「〜〜〜はい。申し訳ございま、せん」
は片膝をつき、姿勢を正して涙目になりながら、米神の血を拭う。

最後、止めに入った政宗に頭を小突かれたからだ。
正確には柄で叩かれた、これが結構、痛い。

幸村は槍先を地に下げ、戦う意思がないこと示すが、顔つきは険しいのままだった。
改めて、の前に立ちはだかり、山一つ分、向こうにいる相手と話すように。

幸村「殿!佐助の武器を譲り受けたくば、佐助と話し合うべき。あのような騙す形で手負いのものを襲おとは、卑怯でござる!!
(卑怯・・・)

耳が痛い。
少し距離の離れた小十郎が、そう思った。

これって耳鳴りだよね?
幸村の後ろにいる佐助は、軽く耳を押える。

政宗「確かに、Fearじゃーねぇな」
右耳を塞いでいた人差し指を下ろす、政宗。

小十「・・・・」
片倉小十郎は軽く眉間に皺を寄せ、政宗に言おうと口を開いたが、佐助が先に口を出した。

佐助「ちょっと〜。騙すとか卑怯とか、そんなのこっちじゃ当たり前のことなんだから、ここは旦那が出る幕じゃないよ」
幸村「だが、佐助!!」

佐助は、珍しく真面目な顔つきで幸村を見据えた。
佐助「旦那らが真正面から正々堂々と闘うのが流儀なら、俺様たち忍びは、相手が油断してる隙に、背後から殺すのが流儀ってことさ」

そう言うと、ぱっといつもの笑顔になり
佐助「結果よければ全て良しっていうでしょ?・・ねっ

真田幸村より数歩離れたに、話を投げた。
は、地に落ちていた目線を上げ・・・ふと。

悲しくも笑みをつくり。

「そうですね」
政宗「!」

は、政宗に目をあわさず。
「伊達様。私は、伊達様のように、正々堂々と。そうなろうと思っておりました。ですが、卑怯なことを卑怯と感じない時点で、無理なことだったのですね。・・愚かでした」

自分の一部でも視界に入るのを恥、はきつく目を閉ざした。
幸村「そうではない、殿!!そうなろうと思うことが」

佐助「今頃、思うだけじゃできやしないって。俺様たちと旦那たちじゃ、根本的に考え方が違うんだから」
幸村「何が違う!!某も佐助も同じ人の子!!考えも」

佐助「旦那たちは、騙すのが悪いと思ってる。でも俺様たちは」
佐助は幸村に。

「騙されるほうが悪い」
は政宗に。

「それが忍びです」
佐助「それが忍びってもんさ」

揺ぎ無く言い放った。
佐助(だから俺様、旦那とは手合わせしないんだよねぇ)

(!)
佐助「・・・」

一瞬、と佐助が何かに感づいた。
は地に刺した蛟を抜き取り、大きく横なぎにはらった。

ドゴッ ドッドド

蛟から巨大な岩石ほどの氷が、上田城の奥の入り口を塞ぐ。
「片倉様、馬を!!」

幸村「何事か!?殿!?」
政宗「おめぇ、いきなり」

ドカ ドカ

すでに準備を整えていた小十郎は、自分の馬に騎乗したまま、政宗の馬を引き連れる。
小十「政宗様!!話は後にっ!今は、一刻も早く!!」

政宗(!!そういうことか)
少し遅れて、政宗も気がつき。

政宗「武田か」
「はい。ここは私が時間を稼ぎます。ですから、その間に」

政宗「OK」
小十郎が引き連れてきた馬に、政宗は飛び乗り

ガッ

の首元と十字の布を引っつかんだ。
「ぐえっ」

首が絞まる。


自分の前にを乗せると、政宗は馬の速度を速めた。
咳き込むは、すぐに馬から下りようと。

政宗「手綱持ってろ」
「私は!」

政宗「俺が落馬したら、おめぇの所為だ」

がしッ

は、紫色の手綱を鷲づかんだ。
瞳孔開き気味の青い顔から、冷や汗と脂汗をかき、唇が震えている。

小十「・・・・」
手綱を持たれて乗馬しておられたのは、いつの頃だったか・・・。

小十郎はそう思いつつ、政宗の少し右後ろ側につき、馬を走らせる。

砂煙とともに、政宗たちが上田城を後にした。
幸村「なっ何事か!?」

が氷柱で上田城奥の出入り口を塞ぎ、それに目を向けた隙に、政宗たちは馬に乗り、瞬く間に上田城を去ってしまった。
幸村は、まだことの事態を分かっていない。

佐助「もうすぐ来るからだよ」
幸村「?」

バキィィィ

幸村「!?」
巨大な氷柱に、垂直にひびが入り。

ドガアアァァァァ!!!

次の瞬間、氷柱は一瞬にして砕け散った。

その奥から現れたのは
幸村「おっお館様あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

信玄「何があったのじゃ、幸村あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
医者を呼びに行っていた武田信玄であった。



どがあぁぁぁああ!!

そして、殴り合い。
佐助(やれやれ)

その二人をおいて、佐助は姿を消した。





【奥州へ向かう3人】

8つの蹄が荒々しく地響きと砂煙をあげ、駆け抜ける。
馬に慣れていないは、その突き上げられるような振動から落ちないようにと必死だった。

いや、落ちても手綱だけは離さない。
政宗は背後の様子を伺い、馬の腹を足で強く押さえつけた。

馬は天を仰ぐよう一声鳴き、前足を高らかにあげる。
後ろから落ちそうになったを支え、馬は前足を地に着け止まった。

小十郎も無理やり馬を止め、振り返る。
小十「政宗様!ここはまだ武田の領内です。追っ手が来るやもしれません。足止めなどをされては」

政宗「だとしたら、とっくに囲まれてるはずだ。ここまで来て、向こうに動かねぇってことは・・そーいうことだろ?」
小十「しかし、政宗様」

小十郎は反論の言葉を述べながら、政宗の元へ馬を進める。
は、その隙にそっと後ろを振り向く、上田城は掌ほどの大きさまで遠ざかっていた。

(・・・お尻が痛い)
騎乗の経験がないは、その痛みを少しでも軽くしようと腰を浮かした。

政宗(!)

ガッ

(!)

ドサッ

(〜〜〜〜)
政宗はに手を回し強引に馬の上に座らせ、は、声にならない悲鳴をあげる。

政宗「Wait。一人で行かせねーぞ、。俺をおめぇの隠れ里ってとこに、連れてけ」
(!!)

波打つ藍色の髪が乱れる勢いで、は、後ろにいる政宗に振り返った。
小十「政宗様!!」

政宗の右後ろにいた小十郎が、すぐ横に馬を移動させ、反論しようとしたが、政宗は、小十郎の前に手を広げ【口出し無用】と示した。
政宗「いいか、

小十「何を考えておられるのですか!?」
【口出し無用】は流された。

政宗「・・・」
行き場のなくなった手を下ろす政宗。

(・・・)
それを見送る

小十「これ以上、主君が城を空けるなどもってのほか。大勢の家臣を統べる主として」
政宗「自覚はある」

小十「では」
政宗「奥州の野郎共のために、とっとと城に帰るのが、Bestだって言いてーんだろ?だったらよ、目の前にいるやつは、放っておけって言うのか?」

片倉を見ていた政宗は、自分の前に座っているに目線をおろした。
心なしか大きく開いている縦傷のある浅葱色の瞳と、日の光を浴びた飴色の瞳がかち合った。

政宗「なぁ、小十郎。家臣の身に起きてることは、俺に起きてんのも同じことだ。目の前のいるやつ助けられねーで、これから先、奥州の野郎共は助けられんのか?」
たった一人を救えずして、どうやって大勢の人間を救うのか・・・・。

小十「・・・・」

一人を犠牲にし、大勢を救う。
そういった戦法がある。

だが、このお方は、そんな方法で戦に勝利しても、決してお喜びになられない。
その方法さえ、行おうとしないだろう。

それは、痛いほど、伊達政宗は経験している。

目の前にいて救えずにいることの辛さ・・・。
政宗様のおっしゃりたいことは、分かる。

だが・・・。
政宗の問いに、無言のまま気難しい顔つきの小十郎。

深いため息が、の耳に届いた。
(・・・・)

政宗は薄く笑う。
政宗「決まりだな」







【???】
かす(謙信様。このかすが、すぐにあなた様のもとに)

服部半三に捕まった、かすが。
薄暗く湿った洞窟のような場所に幽閉されていたが、自分にそっくりの分身を作り、脱走を図っていた。

気配を消し、見張りの忍者たちの目をかいくぐり、出口を探す。
網の目のつくりをしているこの洞窟で、何度行き止まりになったことか。

焦りから、ふつふつと沸騰しだす気泡の苛立ちが生じる。
違う道を進んでいるのに、同じところをずっと歩んでいるようだ。

かす(!)






風が



サッ

かすがの足取りは、忍びの注意を払いつつも、早くなる。
かす(謙信様)

光が差し込む。
薄暗い洞窟の出口らしきものが見えた。




ドッ

出入り口にいた忍びを、かすがは絶命させ、脱出に・・・。
かす(!)

ずっと暗いところにいたせいで、突然の光は目を眩ませ、痛みさえ感じる。
近くの木に飛び移り、目をそばだて辺りを見回した。

かす「ここは・・・一体、どういうことだ」
かすがは、呆然と立ち尽くす。

目にしたのは、自分が抜ける前と同じ光景の伊賀の里。
かす「滅んだと聞いたぞ・・・」

一度壊滅された里が、復興したにしては、あまりにも早すぎる。
まるで、里がそのものが、そっくりそのまま・・・。

かすがは、里から目は離し、視野を広げる。
まわりの風景に見覚えがない。

かす「やはり、別の場所に」
??「だめじゃないですか」

かす(!)
頭上より声。

ピシィッ

かす「っ」
かすがの身体は、薄紅色の細く光る糸状に絡め取られた。

無理に動こうとすれば、糸が食い込んだ部分から、切られる。
それは、自分が一番知っていることだ。

??「あなたは大人しくれればいいんです。かすがさん」
かす「・・半三、ここは!」

ドッ

半三は、有無を言わさず、腹部を強打。
かすがは、くないの糸に絡め取られたまま、気絶。

ことが切れた人形のように、だらりと下がる体。
半三は、意識のないかすがに耳打ちするほど、近づき。

半三「姉さんと会わすわけには、いかなくなりました」
背にあった小さな忍刀を取り出した。


ザッ





【隠れ里】
枝に、数滴の血痕。
忍刀には、鮮血。

半三に引きずられて行くかすがから、赤い血が流れ落ちる。
半三「逃げ出したあなたが悪い」






ざわざわ
里の忍たちは、2人の存在が見えていないのか、何事もなく日常を営んでいる。
目を向けるものさえいない。

半三「・・・・・」











【政宗・小十郎・
小十郎は、隠れ里に向かおうとする政宗に、強硬手段をとるか否かという思考を止めた。
も気持ちは同じ。

政宗様には、城に帰ってもらいたいと願っている。
自分の意見は逆手に取られてしまったが、の発言によって、政宗様の意見は・・・。

決して変わらないだろう。
だが、考え直す気にはなるかもしれない。

蛟、奪還時、は政宗様が共に行くとおっしゃられていたとき・・・。
「里は・・・忍びにしか行けない場所ですので・・・」)

そう断りを入れ、一人で奪還しに行った。
今回の隠れ里も、忍びしかいけないとすれば・・・。

小十「
小十郎は、政宗の前にいるに確認するように名前を呼んだ。

小十「あの忍びの言っていた第二の隠れ里、そいつは、忍びにしか行けないような」
政宗「小十郎、忍びにしか行けねー場所だったら、行くなって言うんじゃねーだろーな?HA!じゃーなんで、織田は伊賀を滅ぼせた。忍びにしか行けねー場所なんて、ねぇってこと、証明したってことだ」

気持ちが先走った。
失態を犯した小十郎は、焦ったとはいえ自分に憤りを感じた。

伊賀の里が織田の手によって滅ぼされたとき、自分は真っ先にに問いただしたではないか。

(小十「忍びにしか行けねー場所、嘘だったんだな」)
(申し訳なさそうに眉毛を下げて、小さく返事をした

「ですが、忍び以外のものが襲撃してくる範囲は、常に警戒をとっております。兵を率いて里を目指そうとすれば、地理のあるこちらが優位に立つよう幾重にも罠をはり、兵の数を減らし、戦意を喪失させ・・。仮に兵がそれを掻い潜ったとしても、里の正確な位置を知りえない限り、たどり着くとはありません」)

(それでも、織田に滅ぼされたことを、小十郎は主張すると、の表情から納得していない表情が読み取れた。)
(本当に何を考えているのか分かりやすい。と小十郎は思った)

「その点が、私も不可思議でなりません。里の者が織田軍に洩らしたとしか考えられないのです。ですが、織田信長は忍びを否定的です。洩らす以前にその忍びは殺されてしまいますし・・・誰かを通して織田に・・・」)
(途中から自分の思考にふけりだし、ぶつぶつと独り言を言い出す


政宗は、逃げないことを含めの頭を鷲掴む。
政宗「おめぇも、分かったな?」

が承諾するはずがない。

頑として首を縦に振るわけがない。
政宗様が危険に晒されるのを嫌い、その原因が自分であるならば、尚更。

「分かりました」
やはり気絶させてでも、奥州に連れ帰るしかない、もしくは、自分が一時の間だけ政宗様からを引き離し、だけ里に向かわせる・・・・!!?

小十「、今何と言った!!」
「分かりました、と。政宗様を里へお連れします」

は肯定の言葉を口にした。

小十郎は耳を疑い、今目の前にいるのは本当になのかと、凝視する。
政宗は戦前の見せる、笑みとなる。

は敵が傍にいるかのよう、前方を鋭い目つきで見据えた。


「ただし・・・」









次巻【死別】をお待ちください。

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