【短編:政宗の右目】

木々の間から木漏れ日が、波間のように揺らめき、日が高いことをつげる。
そこに過ぎ去る影があり。

ザッ


一本の大木を素早く登り、木の葉がはらりと地面に落ちた。
影は休むことなく、一直線へ移動する。


ザザ


竹やぶの抜けた先、そこは。
政宗「おうっ、どこ行ってたんだ」

伊達の屋敷。
がいる部屋の庭園。

「・・しばらく動いていなかったので、肩慣らしに・・すみません」
は下を向く。

政宗「傷が塞がったばっかりなんだからよ。・・・あんま、無理すんじゃねーぞ」
「はい」

政宗「つーかおめぇ、泥だらけじゃねーか」
服や顔に泥がつき、頭には数枚の枯れ葉をお供につけている。

額や肩の擦り傷が、風が揺れるたびに、その痕を布越しから見せる。
は更に下を向く。

「はい、その・・・まだ本調子ではなかったらしく・・・」
その辺で、豪快にすっころんだ・・・とは、言えない。

忍なのに。
(ふっ(自嘲))

から哀愁が漂う。

政宗は、やれやれという溜息を吐き、口元を苦笑させる。
政宗「風呂入ってきな。俺が今出たとこだ。湯加減も問題ねーはずだぜ」

「・・・はい!」
は花綻ぶよう嬉しそうに笑って、その場から姿を消した。

政宗「・・・・」
政宗は廊下を歩き出し、濡れた髪をがしがしと荒々しく拭く。

政宗(女ってーのは、どーして風呂ってだけであんなに喜ぶのか、分かんねぇなっ)
あぁ、でも・・・。

随分と表情が豊かになった。
はじめの頃は、目ぇ伏せがちにしながら泣きそうな顔ばっかしてた。







「じ自分で、できますから、大丈夫です」
女中の二人が、の服を脱がそうと手をかけていた。

女中「ですが・・・」
困ったように女中は、自分の頬に手を当てる。

「・・・・・こっ、この服、忍専用の服で、色んなところに仕掛けがあるので、私しか、きちんと脱ぐ方法を知らないんです」
忍は実際に、戦うよりも、逃げるというほうを優勢するため、軽装備である。

故に、嘘。
女中「そうでございますかぁ?それではお言葉に甘えて」

女中二人はにっこりと笑い、出て行った。
ばさばさとは無造作に服を脱ぎ、そのへんにまとめる。

どこもかしこも傷だらけ。
春日に刺された箇所は、薄っすらと肌に浮き立つ痕を残し、過去に追った傷は皺が寄っているようだ。

手首は・・・まるで白磁のごとく花が咲いたような醜い痕を表裏に残す。
クナイで刺されたが、ちょうど骨と骨の間に貫通し、折れなかったことが幸いだ。

腕の骨が二本存在することに、感謝する。
すべてが服で隠れる箇所、とくに問題は無い。

(あぁ、でも・・・この傷は隠しようが無いな)
左目の縦傷を覆い隠すように手を当てる。

女中の声が聞こえた。
忍は、普通の人間より身体能力が優れ、それは五感も含まれる。

女1「あれが、くのいち?思ってたより怖くないのね」
女2「それよりあの目・・見ました?」

女1「えぇ、見ましたわ。双方の色が違うなんて、なんて気味が悪いんでしょう」
女2「傷があった目なんて、まるで・・・」


「「死んだ魚のよう」」
くすくすと笑い声をだし、その後の会話は聞こえない。



「・・・・・」
(死んだ魚・・・・なるほど、比喩の仕方が今までで一番いいな・・)


別に、この目が気持ち悪いなんて、初めて言われたことでもない。
里でも言われてた。


でも春日が・・・・春日が綺麗だと言ってくれたから、気にしなかった。
(・・・・・)



入浴中終了。




(はぁー、やっぱりお風呂っていいなぁ)
不思議と、体だけではなく、身心共に綺麗に洗い流された気分になる。

は風呂からでて、服についた泥や土を取りはらおうとしたが、すでに泥などはきれいに取り払われていた。
あの後、別の女中が来て取り払ったのかと思い、着用。

(気配がしなかった・・・・ぼーとしすぎたかな・・・)

そう考えながら、最後に黒手袋をとろうとして床に落としてしまい、目線を落とすと、他に何か落ちていることに気づいた。
拾い上げると、それは・・・。

「これって、伊達様の・・・」
眼帯だった。

(あれ?でも、あの時つけてらしたよな・・・)
日常品だから何個か同じものを持っていてもおかしくないかと思い、近くで見られない眼帯をマジマジと見ると、竹と雀の家紋が記されていた。

「・・・・・」

(「「死んだ魚の目」」)

そう思う人間がいるということは、伊達様や片倉様、その家臣の方々も、少なからずそんなふうに思っているかもしれない。

たまたま自分が耳にしないだけ。
向こうが口に出さないだけ。

なんと思われようとも構わない、が・・・この目のせいで皆様が不快になってしまわれるのは申し訳ない。
「・・・よっと」

は、眼帯を自分の左目を隠すようにつけてみた。
「あぁ、やっぱり傷は隠れないかぁ・・・」

近くにあった鏡で見れば、眼帯からはみ出る傷跡。
(・・・・)

眼帯をつけてはじめて知る視界。
こんなにも視野が遮られるのかと知り、傷は追ったが幸運にも見えている自分の左目に感謝した。

(伊達様は、これで生活なされてるんだよな)
眼帯をつけたまま、は脱衣所の辺りを見回し、歩く。

距離感、遠近感覚が掴みにくい。
左側の視野や覚束ないため、(肩とか足の小指とか)物にぶつかる。

目の前に鏡があるが、どの程度手を伸ばせばいいのか不明瞭。
物の、立体感が失われる。

何よりまっすぐ歩くだけでも大変だ。
一歩踏み出すだけでも、迷いが生まれる。

伊達様に全くその様子は見えない。
見えなくなった当初は、ご苦労なされたのではないだろうか。

あの右目は、いつから見えなくなってしまったのか。

いつぞやの合戦で傷つけてしまったのだろうか。
きっと・・・・・触れてはいけないことだ。

付け方が甘かったのだろう、眼帯が下にズレた。
頬に走る傷は隠れたが、眉からの傷が見えてしまう。

「どう付けても隠れないってことか・・」
「・・・・・」

は一つ咳払いをした。
「当たり前じゃねーか。付けなくたって分かるだろ?だいたい、それは右目用だ。左につけたら家紋の意味がねー。それじゃぁ、逆さだ」

と首をやれやれと左右に振りながら、政宗の声真似をした。

(・・・ははっ、なんて言われそうです)
は声に出さず、やっだなー自分なにやってんだろうという動作を鏡の前で出す。


(あぁ、でも、違う。あのお声は・・・・こう、もっと低くて最後は掠れて少し引きずったような感じの・・・)
鏡にいる自分の左目を隠すように鏡に手を当て、再び政宗の声真似をする。

「てめーのその死んだ魚のみてぇ目が、隠れるから、まぁ・・いいかもなっ。・・・?うーん・・・・まだなにか違う、何か足りない・・・???」
は、政宗の声を思い出そうと目を閉じ額に手をあてる。

政宗「何やってんだ、おめぇ」
「色気!」

ピタッ
は、目を開けそのまま停止する。

左手をどけると・・・鏡には、自分と政宗が映し出されていた。
(!!)

ガッ

は政宗がいる方向に向かって振り返り、土下座をした。
「も、申し訳ございません!!別に、その、これは、伊達様に他意があったわけでは・・決して、全く」


ぴしゃりと戸口の閉まる音。
(ヤバイ・・・)

は土下座のまま、視線を床に向けていた。
濡れたままの髪が、額や頬に貼りつき、冷や汗を流しているように見える。

政宗が近付き、の前に座る。
政宗「眼帯つけよーが、声マネしよーが、かまやしねーよ。ただな・・・」

政宗は下を向くの顎を持ち上げ、自分のほうを向かせると、空いた手での眼帯を外す。
は顎を持ち上げられても、目線を下に向け政宗と目を合わせなかった。

政宗「俺の目ぇ・・見な」
「・・あっあの・・・気、持ち・・悪くないですか?私の目・・・色、が違いますし」

政宗「俺は、一度もそんなふうに思っちゃいねー。・・・You see?(分かったんなら、見な?)」
は、恐る恐る見上げるように政宗を見た。

(!)
の目が開かれる。

政宗がいつもつけている眼帯を外していたからだ。
その目は・・・・空洞、何もない闇。

政宗「・・・こーゆーのが、Gives the creeps(気持ち悪るい)っていうんだ」
は無言で首を左右にふる、髪が濡れていたせいで水滴が床に飛ぶ。

何故、空洞なのか。
何故、瞳がないのか。

「・・・目、ない・・・」
政宗「まぁな」

【伊達政宗の右目】
 小さい頃、疱瘡となり、そのとき、右目が失明してしまったが、一命を取りとめる。
 政宗の見た目が悪くなると判断した片倉が抜き取った、らしい。

 ちなみに、この時代、疱瘡は死の病とされていた。
(by Wikipedia)


「なぜ・・・」
混乱状態の

(!!!しまった・・・)
触れてはいけないと思ったばかりだった。・・・馬鹿だ。

政宗は胡坐をかき、自分の顎に手を当てて、思い出すように目線を横へとズラす。
政宗「・・・・餓鬼ん頃、木ー登ってたらおっこちまってよ。そんとき、右目も一緒にでてきやがったんだ」

(!??)
政宗「その目があんまり旨そうだったから、喰ったら・・・missing disappeared・・無くなっちまってよ」(by Wikipedia)
そりゃー食べれば、無くなる。

(・・・さすがにそれは、う)
政宗「嘘だと思ったろ?」

ぎくりとの体が動く。
政宗は、目を細め薄く笑い、の左眼の輪郭に指先を這わしながら、との距離を無くすほど近づく。

左手で逃げられないよう、の後頭部を抑え、その手を濡らす。

の視界には濃い金色と、先の見えない常闇。
政宗の視界には、濡れる藍色。

政宗は軽く口をあけ
政宗「なんなら、その目・・・」

の浅葱色をした左眼ギリギリの頬の部分に歯をたたせ、舌先をあたる。
政宗「・・・喰ってみようか?」

動けない。
縦長の瞳孔が自分の目を縛りつけて奪われているようだ。

耳障りな心臓が激しく脈をうち、体が強張る。
恐怖しているわけではない、答えは聞かれずとも決まっている。

「・・・い、たい・・・ですか?」
一度は死んだ身、伊達様によって救われた命、どうしようと伊達様の勝手だ、自分が決めることではない。

ただ、目を食われるという経験がない。
痛みに耐えられるかが問題だ。

政宗はの頬から口を外し、小さく鼻で笑った。
政宗「・・・・嘘に決まってっだろ」


どこからと聞こうとして言葉に詰まった。
よくよく考えてみれば、ものすごく伊達様との距離が近い。

伊達様の息遣いが聞こえ、自分の息遣いも聞こえていると思い、後ろに下がろうとしたが後頭部と、腰のラインが手で押さえられ、動けない。

はなるべく息を顰め。
(鼻息とか・・・音、でてないよな・・・まずい、距離を、とりあえず距離を)

「あの・・・伊達様・・・近い、です」

政宗「まだ、俺の言いたいことは終わってねぇ」
(・・・・声マネがまったく似てない、とか言いだすんじゃ)

いやいや、もしかしたら眼帯の付け方がなっちゃいねーとか、やっぱりその目ぇ食わせろとか、よくも目のこと聞いてくれたなとか・・・・。
(!!)

(何も言わずにどっか行ってしまったことですか!?)
それが最有力候補だ。

政宗「俺がいつ、その目≪死んだ魚≫なんて言った」
(はっ?)

まっすぐとの目を見て、いつもの口端の笑みはなく、声も・・・普段と比べ静かで重く感じる。
ただ、眉間の皺がいつもより一本多い。

「はっ?あっいえ、伊達様ではなく」
政宗「俺じゃなくて?」

「ッ」
きしりと掴む手が強まる。

ここで・・・・女中といってしまったら。
あの女中はどうなるだろうか。

ここを追い出されて、働くところがなくなって。
もしも、家族や子供がいて、養っていたとしたら。

頼るものがあの女中だけだとしたら・・・・。
「・・・・・じ、自分が・・そう、思っているだけです。なので、周りの方も・・・そう、思ってるんじゃ、ないのかなーと」

へらとは笑う。
そうだ、あのとき言われて自分に怒りはなく、関心したぐらいだ。
それは自分もそう思っている節がどこかにあり、別に嘘はついていない。

政宗「・・・・」
政宗は深い溜息を吐いた。

(ばれた・・?)


ばさぁ


(!?)
視界が白く



「いたっいたたた、痛いです。伊達様!!髪でしたら、自分で、いたぁ!!」
政宗が、髪を拭くときに使っていた布をの頭に被せ、がしがしと乱暴に拭く。

(か髪が、髪が抜ける!ハゲル、ハゲルゥッッ!!)

荒々しく拭いたまま。
政宗「そんな考え捨てちまいな」

「はいっ、捨てます。今すぐ捨てます!!ですから」
政宗「誰がどー思ってるか、直接きけってんだ」

「聞きます、聞きます!!即効で聞きます!!」
やめてもらうには、返事をするしかない。

YES限定でだ。


政宗「俺は、おめぇの目、きれぇだとしか思ってねぇ!・・どっちもな」
「はいっ!ありがとうございます!!」

(へっ?)
政宗「また、同じこといいだすんなら」

バサリと布をとり、の頬を覆い、白い歯を見せて笑う。
その二人の距離、互いの鼻先があたるほど。

政宗「本当に、食うぞ」
「はいぃっ!」

目がマジだった。
政宗「OK。いい返事だ」

政宗は立ち上がり、脱衣所を出て行った。
「・・・・」

ぼけっとしている場合ではない。
は落ちた手袋を急いで拾い、脱衣所からでていった政宗を追いかける。



足早に廊下を歩く政宗。
「周りも、そう、思ってるんじゃないのかなーと」)

そういって、笑ったを思い出す。
辛そうな笑いに見えた。

その瞬間、抱きしめそうになって布を被せた。
政宗(あぶねぇ、あぶねぇ)

の左頬に歯を当てた行為は、無自覚な政宗であった。
ある意味、抱きしめるのと同じぐらいのことだ。

政宗は眼帯をつけようと・・・・

「あ、あの・・」
政宗「あ?」

して振り返る。
「申し訳ございません。・・・その、目のことを・・私などに、お話してくださり・・・不躾な質問を」

幼い頃からその目であったということは・・・(喰ったはおいといて)
その頃は何かと、心無い発言を言われていたのではないか。

聞いてしまった自分は、本当にどーしようもないくらい愚かで不毛だ。
思い出したくないことを、思い出させてしまったに違いない。

あのとき、口に出さずに、無言で首をふってしまった。
きちんと言わねば。

「ですが・・・あの、普段、眼帯でお隠しになっているお顔をご拝見できて、嬉しく、やっぱ男前だなと・・・あ"っいえ、その端整でいらっしゃるなと・・・」

言いたいことを整理してから言え。
政宗「・・・・・」

は、政宗を見上げる。
政宗「Don’t worry。俺がおめぇに見せただけだ。・・・・・いや」

金色と常闇の目が・・・・。
政宗「・・・・おめぇに・・見て欲しかったのかもしんねぇ」

を捕らえる。
(無意識、かな・・・・)

いつも眉を寄せて、片口端を上げる笑いではなく・・・。
優しげな笑み。

政宗(?)
政宗「どーした?ぼーっとして・・・今頃、のぼせあがったのか?」

いつもの笑みに戻り、眼帯をつける。
「えっ?・・・あっはい!そのようです」


たはっとでも擬音がつくような笑いをはすると、政宗はに背を向けて再び廊下を歩き出した。
(・・・・)

は、自分の左目に手をあてる。
(政宗「きれぇだと思ってる、どっちもな」)

・・・この目が、好きになれそうだ。



政宗(・・・・・・・・不意打ちで笑うのもOUTだ)
つーか、そもそも何故自分は抱きしめたいという衝動にかられるのか。

政宗(俺も・・・・今頃、のぼせちまったのか?)
風呂につかる時間を短くしようと思った、政宗であった。




TOPへ
BASRA TOPへ