【短編:おとん(父)になろう!】

カリ



コリ



ショリ



「・・・・・で、きた」
は、先端がヘラ状の細い竹を持ち、じっとそれを見る。

「ふっふふふふ、この緩やかな曲がり、完璧です」
自画自賛。

人が居らず、良かっただろう。
はっきり言って、その笑いは少々不気味だ。

そもそもが作っていたものは何か。
耳掻きだ。

日本の歴史からいうと江戸時代から作られたとあるが、正確な情報は不明。

は、政宗、小十郎と両者から暇を頂き、今に至る。
初めはもちろん断りを入れたが、上手く言いくるめられてしまったと言っていい。

(政宗「気ぃ張ってばっかいっと、いざって時にDownしちまうぜ。休むってのも、生きてくのに、必要なことじゃねーのか?まっ、小十郎から、何か頼まれたんなら、話は別だけどな」)

(小十「備えあれば憂いなし、たまには武具の整備でもしとけ。俺から今んところ用事はねぇ。・・・いや、政宗様から何か頼まれてるんなら、話は別だ」)

そんなわけで、武具の整備、兵糧丸や薬をつくり終わらせ、耳掻きを作っていた。
(・・・・・口裏とか合わせたわけじゃ・・・ないか)


伊達軍の家臣からは、兄のような存在の伊達様、お母(おかん)のような存在の片倉様。

似たようなことを言われても、おかしくない。
耳かきを作る最中に飛んでしまった竹屑を拾い、屑かごへ捨てる。

(でも自分は、伊達軍の方々全てをお守りしたい。兄と母をも守るような存在になれば、きっと・・・・・そうか!!!)
は閃いたように、ぽんと自分の手を合わせる。

お父ん(おとん)だ。
(そっか!自分は伊達軍の父(おとん)のような存在なればいいんだ!!ときに優しく、ときに厳しく!って・・・・父(おとん)って実際はどんなもの、なんだろう)

の父も母も、物心ついたときにはいなかった。
記憶を廻ると、まだ黒髪だった里長、幼き自分に春日、そして・・・・。

(・・・・)
強い突風。

しなやかに竹が曲がり、笹の音がした。
(そーいえば、今日は天気が良かったな)

睦月は梅雨の時期。
雨多き時期だが、本日快晴。

は部屋の障子を開けた。
心地よい風まで吹いている。

の部屋は、伊達の屋敷の隅にある。
そのため、に用がない限り、この縁側(廊下)の前を通るものはいない。

そう・・・部屋の話がでたときも断った、が。

(政宗「What?奥州の忍っても、俺の直属だ。もしもってときに、すぐ動いてもらわねーとな・・・そーじゃなかったら、おめぇ・・・どーするつもりだったんだ?」)

は天井を指した。
「屋根裏を、お借りしようかと・・・」)

小十郎は絶大なため息を吐いた。
(小十「鼠じゃねーんだ。政宗様のお心使い、有り難く頂戴しとくんだな」)

「・・・・」)

有無もなく、有難く頂戴しただった。
滅多に人がこないような場所だ。

は縁側に座る。

・・・否、たまに伊達様がここにくる。
が来る前から、この部屋の前にある庭園が、四季を感じ好んできていたそうだ。

今はちょうど、庭の隅にある紫陽花が紫とも青とも言えぬ色で咲き、目線を下に落とすと小さな菫が幾重と咲く。
縁側に座り、は、紫陽花を楽しもうと思ったが、自分の耳掃除に集中してしまった。

そもそも、作ろうと思ったのは。
女中の方をわざわざ捕まえて、耳かきってどこにありますか?なんて、さすがに聞けやしない。

だから、作った。
良い出来栄えだ。

耳奥で、カリっという音と竹の先に少し硬い感触を感じた。
(くっ、これが・・・・取れれば)

は、目を閉じそれと耳かきの先端の場所をイメージし、集中・・・・・・。
(よしっ、今)

政宗「おいっ」

ビクウゥゥッ

の背筋と肩が上がった、手首は固定。
掃除中でない耳のほうを向くと、政宗が胡坐をかいて座っていた。

「だっ・・・伊達様・・・」
政宗「やっぱ寝てたわけじゃねぇのか。・・・何してんだ、おめぇ」

近づいたのに気付かなかった。
いつもなら足音がこちらに向かいしだい、お出迎えをするのに。

そもそも、伊達様の足音は静かなほうだ、最近では気配も消している。
おそらく、自分を鍛えるためだ、と勝手に思っている。

「その、耳の・・・掃除を・・・・。!! 伊達様、何か急ぎのことがお出来に!?」
は右耳に入れたままだった耳かきを抜き取る。

政宗「いや。俺も、ちぃと暇ができてな。・・おめぇは何してんのか思って、来てみりゃぁ・・・」
政宗はの右手に目線を向ける。

政宗「(鼻で笑う)。よりにもよって・・・・そいつかい」
政宗は軽く首を下げ、喉の奥で笑う。

(他にやることあっだろっと、お思いになられているのかな・・・・・・うん、なんでだろう、すごく、恥ずかしくなってきました)
は目を瞑り紅くなる。


(!!)
は突然頭を掴まれ

どさぁっ

(!??)
石のように固まる。

政宗が自分の膝の上に引き寄せたのだ。
現在、の頭は政宗の膝側面上にある。

政宗「貸してみな。こーゆぅんのは、誰かにやってもらったほうが、スッキリするんだぜ」
政宗は固まったままのの右手から、ひょいと耳かきを取る。

(なーーーんということをっ!!!)
その瞬間、我に返る

「だっ伊達様!!!いいです、いいです!!自分で自分のことはします、君主であられる方に」
は、起き上がろうと廊下に手をつけ

ズボッ

政宗は、の耳奥に耳かきを入れた。
政宗「おっと。下手に動くと、危ねぇぜ。

そして、再び石のように固まる。
不思議だ、確かにこれ以上動いてはいけない気がする。

そしておそらく、伊達様は歯をお見せになって笑っておられるに違いない。
「あっあの・・・・本当に、伊達様が、こんなこと、しなくてよろしい、です、から」

ものすごく恥ずかしく、泣きたくなるほど嫌だと思うのは、何故だろう。
そりゃ、仕えるべき君主にこんなこと、させる家臣なんていないからに決ってる。

政宗「おいおい、もっとRelaxしろって。手元が狂っても知らねぇぜ」
(そんな、殺生なっ!)

と思ったが、口応えできるはずもなく・・・・。

は、廊下から手を離し、自分の太ももの上に置き、肩の力を抜く。
政宗「OK、OK♪」

政宗は楽しそうに返事を返す。
左手での髪を上げ耳を露にさせる。

(こそばゆい)
政宗「うわっ、ちぃせぇ耳してんなぁ。おめぇ」

「そっ、うなんですか?」
今まで、誰に言われたこともなかった。

政宗「俺よりちぃせぇことは、確かだな」
そう言いながら、政宗は耳かきを掴む右手を優雅に動かした。

は、おのずと目を瞑る。
(うぅっ、変な感じです)

政宗「肩に力入ってぞぉ」
慣れた手つきで、耳掻きを動かし取り除くと、が用意してあった屑かごに、カンッと、キセルの煤を落とすかのように捨てる。

最初は怖かったが、慣れてきた。
というより・・・。

政宗「痛かったら、イテェって言えよ」
「あっ、いえ、その・・・・・」

は眉間にしわを寄せる。
(これは、なんと言えばいいんでしょうか・・・・)

「気持ちいい・・・です・・・・」
痒いところに手が届く瞬間に似ている。

政宗は鼻で軽く笑い。
政宗「くせになるなよ?」

「・・はい、後は自分でし」


よし、終わったとの声と同時に、政宗はをひっくり返す。
の視界は、紫陽花から、政宗の帯締めに変わる。

「・・・・・・・」
(すっっごく、近いんだったんですね)

少々混乱したが、落着きを取り戻す。
力んでしまっては、伊達様のご迷惑なってしまい、何度も同じ事を言わせてしまっては申し訳ない。

・・・・少し、草(現在で言うたばこ)の匂いがする、不快なものとは違う。


政宗は喫煙者だったそうだ。

この当時、タバコは薬という認識があったらしい。
といっても、キセルによるタバコは、現在で言うシケモク程度のもの。

そのシケモク程度の刻み葉に、香料を混ぜることもあったそうだ。
実際に、政宗が吸っていたという煙草に香料が混ぜられたかは不明だか、ここでは混ざっていたことにする。

(・・・朝昼夕と一日決まって・・・3回、お吸いに・・・・)

心地よい風と日差しが、眠気を誘い、船を漕ぐ。
(まずいです。・・・何か話さないと、寝て、しまいそうです)

「あの・・・随分とお慣れになれているようですが、他になさっている方が
おられるのですか?」
政宗「餓鬼ん頃に、ちぃと小十郎にやったんだ。今は、いねぇな」

「・・・・・片倉様が、ではなく。片倉様に、ですか?」
政宗「あ"ぁ〜、いや、小十郎も俺が小せぇときに、やってくれてよ。・・そーいやぁ・・っと、終わったぜ」

政宗はの左耳から耳かきを引き抜く。
は起き上がり、政宗に向って深々と三指立て頭を下げた。

「ありがとうございます」
政宗「すっきりしたろ?」

「はい。・・・お話の続きを・・・」
途中で会話が切れたことが、気になった。

政宗「あっ?あぁ。そーいやぁ、一度っきりだけどよ、親父にもやってもらったな・・ってな・・・」
かりかりと後頭部を掻き、目線をズラす政宗。

(!!)
親父=おとん

「伊達様!!」
政宗「ん?」

政宗はのほうへと目線を戻す。
は目を輝かせ、自分の太ももをぽんと叩き、Welcomeとでも言っているように誘う。

「さっ、どうぞ」
(自分は、お父(おとん)のような存在に、一歩前進できるぞ)

政宗の片眉が上がる。
政宗「・・・おめぇ、経験あんのか?」

「いえ、ないです」
政宗「おいおい、そこは嘘でもあるっつとけよ」

苦笑しつつ言う政宗。
「・・ついても、すぐに見破られてしまわれては、意味がありません」

政宗「まっ、そうだなっ」
どさりと政宗は、の膝の上に寝転び、持っていた耳掻きを渡す。

政宗「ほらよ。間違っても、聞こえなくなっちまった・・なんて言わせんなよ?」
「では、ご指導ください!」

ぶはっと軽く政宗は吹き出し、手で口元を押さえた。
政宗(耳掃除に、指導って、聞いたことねぇぞ)

「伊達様、やはり、自分で学ぶべきでしょうか?」
政宗は笑いを押さえる。

政宗「いや、何かありゃぁ、俺からOrderするぜ」
ごろりと寝返りをうち、紫陽花側を向く。

「はいっ、お願いします」
は政宗が、自分にしたように、耳を露にさせ、耳の後ろに流す。

政宗(くすぐってぇもんだな、昔は、そんなんなかったのによ)
「では、失礼致します」

は、恐る恐る耳掻きを政宗の耳に入れ、見えるところでピタリと止めると、柔な皮膚を傷つけない程度の力で引き抜く。

政宗「そんな、ビクツクなって」
「はい」

政宗「あぁ、もうちっと、奥だ、奥。・・・いぃぜぇ。結構、上手えぇじゃねぇか、んっ、そこは、逆だぜ、
(ものすごい集中力と精神力を使います)



里から蛟を取り戻したときよりも、緊張するだった。
「・・・・・・終わりました・・・あの、聞こえてますか?大丈夫ですか?」

後耳に掛けた髪を戻しつつ、尋ねる。
政宗「あぁ、ちゃーんと聞こえてるぜ」

ごろりと寝がえりをうち、側を向き、かちりと政宗の右目と目あった。
さきは左側で六角の眼帯があったが、今は金色の目。

の腹と首に力が入る。
見られているせいだ。

(間違っても、目に突き刺してしまわないようにしなければ)
緊張しすぎているのか、的外れな考えが生まれる。

は、左耳と同じように右耳の掃除をし始め、ふと思い出したかのように、口を開く。

「伊達様の父君が一度ということは、母君には」
政宗「ねぇ」

「・・・・」
逆鱗らしい。

普段となんら変わりない返答の仕方であるが、一瞬、ピシリと一筋の稲光がと政宗の間を走った。
以後、母ということには触れてはいけないと悟る。

(・・・・気をつけなくては)
政宗「だがよ。・・・こんな感じなのかも、しれねぇな。親父や小十郎と違って、固くねぇ」

肩手を自分の顔の手前、の太ももの位置に置く。
(・・肉付きがいいってことですか。そーいえば、最近、少し、体が重くなったような・・・・)

これが終わったら、即鍛練だ。
否、それだけではダメだ、鍛練の時間を増やそう。

政宗「手、止まってっぞ」
「す、すみません」

政宗は目をつぶる。
政宗「おめぇ・・・なんか、匂いがする」

「えっ?・・・あっ、少し前に、薬や兵糧丸を調合していたので、そのせいかと。衣服に少し、粉がついてしまったようです。申し訳ございません」
政宗「薬の匂いじゃねぇ。もっと別のだ・・・。おめぇ、なんか付けてんのか?」

「いえ、何も・・・」

ピシャアァ

の中で、大きな雷(いかずち)が走った。
(臭う。体臭、ひどいってことですか?いや、汗はそんなにかいていませんし・・・・)

は政宗を見ず、目の前の庭園に目線を向けたまま。

「そんなに臭いますか・・・あの、ご気分を、悪くされるようでしたら」
政宗「・・・そーじゃ、ねぇ。Sleep・・・したく、なる・・ような」

(気が遠くなるほどの!?)
政宗「くせに・・なり、そうな・・・・匂い、だ・・・・・」

(癖のある臭い!!)
手元がとまる


・・・・・・・。


チュンチュンと、どこからともなく雀が鳴き、は、我に返ると政宗を見た。
「あっあの、伊達様、もう、終わりに」

なってはいないが、早くどいてもらおうと思っただった。
政宗は目を瞑ったまま、身動きをしない。

に本日二回目の雷(いかずち)が走る。
(気絶!?)

気絶ではなく、ただ眠っている。
政宗「Zzzz」

「お眠りに・・・」
は、ほっと息をついた。

眠りを誘う日差しと風であったとしても、不快な臭いを目の前にしては、寝れるはずもない。
落ち着きを取り戻し、さきの話しを順に思い出していく。

・・・もしかしたら、伊達様の言うにおいというのは、さきほど自分が感じた、草(たばこ)の移り香ではないか。
耳かきのさい、髪についたのかもしれない、と考えた。

は、そっと耳かきを引き抜く。

そのまま掃除をしようとしたが、寝がえりをおうちなされては、聞こえなくなっちまった。という状況を生み出しかねない。
(お落ちならないよう、注意しなくては)

政宗が向いているほうは、の腹部だが、反対側は庭だ。
そちら側に頭から落ちてしまっては、聞こえなくなった程度では済まされない。

は、政宗の外翅する黒く細い髪を撫ぜる。
(さらさらだ)

自分の髪は、ふわふわふにゃふにゃして、癖が酷い。
サイドに外翅とも中はねとも言えない、おかしな髪型。

昔、短く切ったことがあるが、そうすると、寝グセのごとく上にハネるハネる。
は政宗の後髪を手で隠すように押える。

(伊達様、短いときの髪ーー)
遊んでいる。

(角ーー)
失礼極まりない。

(耳・・・・)
は自分の右耳と政宗の右耳の長さを比べた。

(うわっ、確かに全然違います。・・・・大きいほうが、良く聞こえそうで・・なんだか、損した気分です)
は自分の耳たぶを引っ張った。

(大きくならないかな)
無理である。

はぎゅうぎゅうと引っ張りながら、ふと政宗の言葉を思い出した。

(政宗『ちぃと暇が・・・』)
(・・・・少し暇・・・・伊達様の少しってどれくらいでしょうか)

は今まで(といってもまだ3ヶ月ほどだが)の、政宗の言う《ちぃ》とが、どの程度のものかを、累計した。
(・・・・・バラバラです)

参考にならない。
3ヶ月なんて、家でいうとやっと玄関の戸を開けた程度のものだ。

片倉様なら、伊達様のお部屋までお邪魔しているほど、伊達様のことをご理解なされているだろう。
きっとこのような状況に陥ってしまっても、悩むことなく対処できるに違いない。

(うぅぅ・・・かといって、お眠りになられているのを起こすことなど、できません)
はまだ耳を引っ張りつつ、眉尻を下げて悩む。


悩みに悩んだ結果。


「zzzzz」
寝てしまった。


ドスドスト荒々しい足音がの部屋へと近づいてくる。
小十「政宗様っ」

鶴の一声により

(!)
政宗(!)

両者、目を覚まし


咄嗟に起き上がる政宗の額と
ガッ

声の方向を向いたの顎先が
コーーーン

ぶつかった。

政宗(〜〜〜)
(〜〜〜)

両者、声にならない叫び。
小十「政宗様!ここに居られましたか!家臣のものから、お逃げになられたと聞き、探しましたぞ!何事も逃げてはなりませぬ、やることは最後までなさってください」

そう言うなり、政宗の襟首を掴むと、そのままズルズルと引きずって行った。
政宗「Escapeしたんじゃねぇ・・・人生、息抜きも・・」

小十「それが、逃げているというのです!!、お前は、まだ暇をとってろ」

無言で涙目になりながら、はコクリ頷いた。
ズルズルと引きずられる政宗は、片手を自分の顔の前まで上げ《悪ぃ》と、非を示した。

は首を横に振り、いいえと返事を返す。
廊下の角を小十郎が曲がり、政宗と小十郎の姿は見えなくなった。

(・・・痛いです。・・・・いえ、でも、これで!!!)

おとんに一歩前進できた!!とは思った。



引きずられる政宗は、ちゃっかりから耳掻きを拝借していた。
チラと目線を右斜めに挙げ、小十郎を見る。

政宗(・・・・飴と鞭だな、こりゃ)

飴=
鞭=小十郎






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