【短編:四龍】
無数の笹の葉が、ひらひらと舞い落ちる。
竹林に囲まれた中より、が瞳を閉ざし、蛟を握り立つ。
笹の葉が、滑るように蛟の刃に触れると、キシリ霜づく。
(壱)
は、手首を軽く捻り、片方の蛟が僅かに動く。
はらりと・・・・一つの笹の葉が、二つに分かれた。
(弐)
左右の蛟が、素早く動き、二つの笹の葉が、四片となる。
(参・・肆・・伍・・・・)
次第に数が増えていき、その数に合わせて笹の葉は、切り刻まれていく。
(陸・・・漆・・・捌・・・・)
蛟は回転するように動き始め、立ったままのは、一歩、膝が地へつくほど前へ、体を反転させ下がり、一定の場で動く。
刃や指先の動きは、徐々に早くなり、それに反するよう、藍色の髪と黒脛巾(はばき)の足は、ゆっくりと動く。
風のように柔らかく、刃のように鋭く。
(拾・・・・)
の周りにあった、笹の葉が、全て二つに分かれ、地に落ちた。
の持つ二つ蛟は、諸刃。
後ろ前と刃があり、中央を白い布で巻きつけ、その部分を柄として持つ。
は、閉じていた瞳を開く。
右目は藍、左目は浅葱。
左目には、古い縦傷が走っているが、視力に問題はない。
自分の衣服が切れていないか、髪が地面に落ちていないか確認する。
(・・・・・)
目的の笹のみ切ったことが分かり、安堵の息を漏らすと、数度、手を叩く乾いた音がした。
カサリ、カサリと笹の葉を踏みわけ、のところへくる人物が一人。
「・・・伊達様」
蒼い長めの丈は笹の葉を舞い上がらせ、外翅気味の黒髪が風に揺られ、右目につけている眼帯が見え隠れする。
両腰には、三刀ずつ刀を携え、一刀流、または全ての刀を使う六爪流をと、どちらの流派も極めている。
一刀流については、片倉小十郎から教わったそうだ。
政宗「いつ見ても、見事もなもんだ。おめぇの体一つ、傷つきやしねー」
いつ見ても?
は、突然現れた伊達政宗にも、驚いていたが、今の発言にも驚いてた。
政宗は、六爪の柄に手を置き、軽く首を傾げる。
政宗「?もしかして、おめぇ。今まで、ずっと俺に見られてるのに、気付かなかったのか?」
「いえ、まさか。気づいておりました。えぇ、全然」
政宗「・・・・・・」
「・・・・・・」
政宗「・・・・・・」
「申し訳ございません。嘘です」
政宗「だろーなっ」
政宗は、意地悪そうに笑った。
は下を向き、顔を赤くする。
(修行に気をとられて、周りに気付かないなんて・・・・忍びなのに、これでは、伊達様をお守りすることなど・・・)
ジメジメと落ち込んでいるの手の上に、政宗の手が置かれた。
(!)
は、咄嗟に顔を上げると、眼前に政宗の顔があった。
(!!)
ビクリと体が後ろに下がったが、政宗が蛟を握るの手を握っているため、半歩ほどしか後ろに下がれなかった。
よくよく見ると、政宗は、蛟を見てるようだった。
(?)
政宗「ちぃと、手ぇ離してくんねーか」
「えっ、あっ、はい」
(・・・・)
いやいや、待て待て待て。
自分の上から、手を握られては、離すこともできない。
「伊達様。伊達様が手を離してくださらなくては・・・その・・・」
政宗「おっと。Sorry」
政宗は、ぱっと離した手を前に出し、蛟を自分に渡すよう示した。
は、蛟を政宗の手に渡すと、蛟の刃は徐々に縮んでいき、クナイ程度の大きさとなった。
政宗は、自分の手の中で小さくなっていく蛟を、不思議そうでもあり、残念そうに見ていた。
政宗「俺も使えるかと思ったんだがな」
そう言って、の手に戻すと、蛟の刃は伸びだした。
政宗「俺の六爪は、龍の爪って言われてるだろ?おめぇのは、蛟・・・龍繋がりでいけると思ったんだがな。そう単純にいくわきゃねーか」
政宗は、ため息をついた。
「ですが、伊達様には六爪がございますから、私の蛟が使えずとも、何の支障もないと思いますが」
政宗「確かにそーだろーけどよ。おめぇが、どんな風に、自分の身も危ねぇ蛟、振り回してんのか・・・おめぇのこと、少しでも知りてーんだ」
何故か、は体が熱くなっていった。
正直、自分は嬉しいのだ。
自分に、少しでも興味をもってくださる、ということだと思ってしまう。
いやいや、単に伊達様は、諸刃という剣術に興味を持っているだけやもしれないが、やはり嬉しいと思う自分は、消えなかった。
は、ふと六爪が目に入り、何か思いついた。
「あの伊達様・・・・」
そこまで言っては、黙り考え込んだ。
(無理があるかもしれない・・・けど、伊達様なら・・・う〜ん、でも、使いこなせるまでが、危ないだろうし)
政宗「言いてぇことは、最後まで言うもんだぜ?」
政宗は、両腕を組み腰を折って、の目の前に顔を出す。
は、手を前に出し、慌てて首を横に振った。
「あっいえ、何でも・・・」
がしりと、政宗はの両手首を掴んだ。
政宗「言え」
「ダッダメです。伊達様の身が危険が・・・」
政宗「言え」
は、迷った。
あの案を出せば、おそらく伊達様の言う諸刃を、蛟なしで経験することは可能かもしれないが、絶対に危ないものでもある。
政宗は、ため息を吐いた。
(諦めてくださった?)
は、心の内で良かったと思ったが、下を向いた政宗の眼光と目が合わさった瞬間、違うと悟った。
諦めの色が全くない。
政宗「・・・。おめぇが、蛟使うときに、一番使う、要んなる指ってーのは、あるのか?」
「はい。刃を回転させたりするとき、親指っっ!!」
政宗は、の手首を握ったまま、の片手の親指に八重歯の部分を当て、強く噛んだ。
政宗「言わねぇんなら、このまま食い千切るぜ?いいのか?そしたら、俺も奥州も、守れなくなっちまうよなぁ、」
は、顔を真っ赤にさせながら、鯉のように口を開いては閉じる。
政宗は、に見せつけるように歯を見せ、噛む力を強くした。
「わっわっ分かりました!!言います、言いますから!!離してください、お願いします」
政宗「Noだ、。おめぇが、ちゃーんと言うまで離さねぇ。嘘ぉ付いたら・・・どうなるかは分かってるだろなぁ」
噛まれた親指の腹に、政宗の舌が味見するように這う。縦長の瞳孔が、狂気の色を見せた。
は、恐怖による勢いで、言う。
「だ伊達様の六爪のうち、四刀の刀を使って、みみっみ蛟の代役を、たった立てられは、ししないかと、思いました。嘘じゃないです」
涙目だ。
政宗は、の親指から歯を離し、眉間に皺を寄せた。
政宗「四刀を使ってだと?」
「はい。あの、よろしければ、伊達様の六爪をお借りしても、よろしいでしょうか?」
政宗「?あぁ、いいぜ」
は、政宗の六刀の刀のうち、四刀を引き抜いた。
【数週間後】
龍の石像がある広場で、と政宗は、刃を交える。
は、蛟を。
ガッ
政宗は、六爪を。
ギンッ
但し、政宗が手にしているのは、四刀の刀。
片方の手に、二刀ずつ。
双方の柄頭(つかがしら)を合わせ、の蛟のように、後ろ前と刃がある状態で、合わせた部分を握りしめている。
普段の一刀流や六爪よりも、垂直で広範囲の攻撃が可能となり、死角となる背のまで、刃が届く。
は、分身を一つ作り、政宗の左右に攻撃を仕掛ける。
柄の部分を握っているため、蛟のように回転させることはできないが。
ギイイィン
六爪のように、指の間に柄を持ち帰ることは、可能。
政宗は、左右から襲いかかった蛟の刃を、上手く吹き飛ばす。
の分身は消え、本体はその反動を利用して、飛躍。
政宗の頭上を影が覆い、政宗は高く飛んだ。
指の間に収めた柄を、蛟のように持ち替え、に振りかぶり、との空中戦、かと思いきや。
(!)
「伊達様っ!!その方向に、振っては!!」
は、蛟を氷で覆い本体よりも刃を長くして、政宗の右側の腹部と右手の空間の間へと、投げ飛ばした。
ガガッ
政宗(!?)
蛟が間に入ったせいで、政宗の右側の刀が止まった。
政宗とは、地面に降り立つ。
政宗「危ねぇ、危ねぇ。おめぇがStopしてくれやきゃー、真っ二つだったな」
政宗は、自分の右手に持つ刀と、横腹を確認する。
「伊達様、お怪我は!?」
は、地面に刺さった蛟を引き抜き、政宗のもとへと駆け寄る。
政宗「おめぇのおかげで、どこも・・・」
「左頬に切り傷、御髪が二回、蒼い服の丈が五回、持ち替える時に、鞘と左の人差し指を挟んでおります!」
政宗(・・・・)
合ってる。
政宗「んな、細けーこと、いちいち気にするこったーねぇって」
「・・・・」
めずらしくは、眉間に皺をよせ、非難するよう政宗を見た。
(こっちは、心臓が、いくつ合ったて足りやしないですよ!!)
と政宗は、が数週間前に、政宗に提案した諸刃についての指導を行うことになった。
伊達様の呑みこみは、早いものだった。
それでも、やっぱり危なっかしいところが、多々ある。
手合わせするときや、自分が蛟を持ってからの修行をするときなど、先のようにが止めなくては、大怪我をしかねない事態が、ある。
の心臓は、今もなお、激しく脈打ち、動いた以上に汗をかいている。
政宗は、頬の切り傷を手で拭う。
政宗「俺の四刀流は、おめぇにCheckされちまうほど、まだまだお粗末程度の腕ってこったしな。こればっかりは、体に覚えさせねぇとな」
は、震えを抑えるように、深呼吸をした。
政宗は、柄を合わせた状態の刀を、指の間に収めては、また柄を合わせた状態に戻す。
は、それをハラハラしながら、後ろから見ていた。
政宗「もう遅せぇぞ、」
(!)
政宗「脅しでおめぇに言わせたようなもんだが、知っちまって、俺がイイって思った以上、止める気はねぇ。・・・小十郎が言ってもだ」
見透かされる。
自分の思考は、全て筒抜け。
政宗「それに、おめぇが俺のために、思いつた発想、無駄にする気はこれっぽちもねぇ。使いこなしてみるぜ」
政宗は、振り返り、にっと歯を見せて笑った。
「・・・・・はい」
私がすることは、伊達様に諸刃を伝授すること。
それが、伊達様にとっても、自分にとっても、一番良い方法だろう。
「では、伊達様。私がしている修行の一つ・・・あの笹のやつを、やってみましょう」
政宗は、待っていましたと言わんばかりに、ぱっと嬉しそうな顔をした。
【竹林】
の藍色と浅葱色の目が、細まる。
「五のとき、同じ笹を二回切っています」
「八のとき、七枚しか笹を切っておりません」
「十になった地点で、一のときに切った笹の葉が地についています。もう一度」
政宗(厳しいねぇ・・・)
政宗は肩で息をし、額から汗が流れおちた。
【3日後】
神妙な面持ちの。
「・・・・」
政宗「・・・・」
は、にっこと笑った。
「完璧です」
政宗「YAーーHA−−−!!」
政宗は喜びのあまり、に飛びついた。
「だっ伊達様・・・っとっと」
の頬は朱に染まり、動悸が激しくなる。
政宗「よしっ、これで、おめぇと手合わせ」
「はい、これで第一段階、終了です」
政宗(第一段階?)
無邪気に笑っていた政宗の顔の眉間に、皺が寄った。
「次は・・・」
政宗「Wait!!。まだぁ、その諸刃使うには、Traningがあるってーのか?」
(?)
「はい」
政宗「・・・・・」
政宗は、に抱きついたまま、天を仰ぎ、ため息を漏らした。
「伊達様」
政宗(?)
政宗は、自分の腕の中にると、目を合わせた。
は、困ったようなに笑い、申し訳なさそうに言った。
「Give Up、なさいますか?」
政宗(!)
政宗「・・・・・」
にっと政宗は、笑った。
政宗「そんなわけねーだろ。やってやるよ・・・最後までな」
政宗は、刀を鞘に納め、竹林を後にした。
は、竹林のなかに静かに立つ。
笹の葉が、尽きることなく舞い散り、合わせるように藍色の髪が揺れる。
「・・・・・」
「・・・・・」
(諦めなかったかぁ・・・・)
はっきり言って、自分よりも諸刃使いが上手くなるんじゃないか?
そうなると。
(私の立場が・・・)
政宗「ーーー!!どうしたーー」
「・・・・今、参ります!!」
それでも、嬉しいと思うであった。
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