【キムラスカ城:2日目】


は、執務室で寝ずの番を過ごした。
机に置いてある全く減る気配のない報告書と格闘しながら、ふと、昨日のことを思い出す。

(大臣「会議は四日後・・・・。他の大臣たちが・・・」)
そもそも大臣たちを待つ必要があるだろうか。

和平交渉に大臣たちが否定の意見を並べたところで、陛下が承認すれば済むことだ。
ピオニー皇帝陛下の和平文書、といっても内容を書き写した書がの手元にある。

キムラスカが不利になる内容ではなく、むしろ早急に対処したほうがいいことだった。
(・・・・・)

は目の前の書面を手に持ったまま、会議を四日後に控えた理由を考えていた。
ふと、その目が不機嫌そうに細まる。

「預言(スコア)か・・」
東の空は、まだ暗い。






―朝―
暗黙の了解の上なのか、朝食が二人分用意された。
達が食休みをしているときに、メイドたちがやってきて朝食の後片付け終えた後のこと。

「どこか行きたい場所はあるか?大概の場所は案内できる。・・・といっても、王室関係は無理だったな、すまん」
そう言いながら、長方形型の眼鏡を通して、報告書を読み判を押す。

あの山のようにあった書類が、今では専門書一冊分ほどの厚さになっていた。
ジェイドは、そうですねぇと考えているのか、いないのか分からない返事をし、一つ間をおいて答えた。

ジェ「図書館の案内をお願いします」





キムラスカ城の廊下を、ジェイドとは歩く。
リョーカは右手に、まだ始末し終えていない書類を持っていた。

向かう先は王立図書館だ。
ジェイドは、の執務室に五つほど並ぶ本棚の本は、もうすぐ読み終わってしまうという理由で、図書館を所望したのだった。

通り過ぎるキムラスカ兵やメイド、部屋の前で警備をする兵、影から覗いているものたちが、コソコソと話し、とジェイドに目をやる。
ありえないものでもみているような、恐ろしい魔物でも遭遇したような目で。

決して好感触をきたすようなものはない。
ジェ「おやおや、何がそんなに面白いんでしょうか?」

ジェイドは、ちらと一固まりのキムラスカ兵の集団に視線を投げた。
目の合ったキムラスカ兵達は、ぎくりと体を強張らせ足が縺れそうになりながら、一目散に逃げ出していった。

「注目の的にもなるだろう。キムラスカ城にマルクトの軍人。目立つ以外のなにものなでもない。ありえぬ光景だ」
は、周りのものと目を合わせることなく、目的の先を見る。

ただし、ジェイドの横につき警戒心は一切怠っていなかった。
ジェイドはを一瞥して、同じ方向を向く。

ジェ「どうでしょうか?私としては、死霊使い(ネクロマンサー)とキムラスカの番犬(ケルベロス)がこのように歩いている、ということのほうがありえない光景だと思いますね」
「・・・・そうだな」

奇異の目を向けるのは構わない、だが殺意を帯びたものをは感じ、両腰に下げた杖を握ったときだった。


??「おーーーい!!陸の大将さんよー!!


左サイドから、城に響き渡るほどの大声では呼ばれた。

とジェイドを影から見ていた兵達が、そそくさと元の配置に戻り、姿を消していった。
は不意をつかれたように、声のしたほうを見た。

するとそこには、ジェイドよりも背の高い熊のような男が、口にタバコを加え片手を振り、歩み寄ってきた。
顎と頬のラインに無精ひげ、角切りの髪はボサボサで外はねをしていたので、よりいっそう熊という印象が強い。

の背中を遠慮なくバシバシと叩き、ニッとタバコを加えたまま笑った。
??「帰った噂は本当だったんだな。なんだ、もう病気はいいのか?お前の親父は何にも教えてくんねーからよ」

野太く、決して耳障りが悪いわけではないが、タバコの吸い過ぎで荒れた声は、普通の声量でもよく響いた。

「あっあぁ、もう、平気だ。・・・司令官が言わなかったのは、私がいる場所は教えていなかったせいだ」
は、強く背中を叩かれたせいで咳払いをしながら答えていると、熊のような男は初めて目が入ったのか、小さな目を引ん剥いてジェイドを凝視していた。

は、ジェイドが見えるよう、一歩下がった。
「紹介しおくれた。こちら、耳にも入っているだろうが、マルクト帝国ピオニー九世陛下の名代で、和平の使者でもある、ジェイド・カーティス大佐だ」

ジェ「数日、こちらにお世話になります」
ジェイドは、にっこり笑い、愛想よく振舞っているが、紅い目は目の前の相手を探るように見ていた。

は、ジェイドに向きなり、目の前の相手にむかって手をかざした。
「こちら・・・とくにどの師団にも属さない、0師団とでも言っておこう。拷問部の長、ボルドー・ディーロッド・マゼンダ殿だ」

ボル「好きなように呼んでくれ、アルマンダインとは会っただろ?俺はあいつと同期だ。まっよろしく頼む」
ジェイドは、眼鏡の縁に触れる。

ジェ「ほぉ、拷問部の方ですか。マルクトと違って、随分と明朗な方ですね」
ボル「そうかぁ?まぁ、拷問の奴にゃー、どっかしら冷めてねーと、つとまんねーかもなぁ」

がっはっはっと、熊のように笑うと、閃いたようにジェイドをぱっと見直した。
ボル「ところでよぉ。あんたに、聞いてみてーことがあんだが」

加えたタバコから煙が出し、の顔面に直撃するも無表情を努めた。
ボル「おっと、すまんすまん。陸の大将はこれが苦手だったな。でよ、マルクトの軍人さん・・・マルクトんとこの拷問てどんなんか知ってっかっ?」

「・・・・」
ジェ「・・・・」

ボル「あ"ーーほら、なんだ。他んとこの方法、知っとくのも、こっちのためになるだろ?まぁでも、拷問部でもねぇー方じゃ、知るわけないよなぁ。すまんかったな」
失敗、失敗と焦ったように、ガリガリと自分の後頭部を掻きながら、少し残念そうに言った。

ジェ「いえ、知っていますよ」
は首を動かさず、目を見開きジェイドを見た。

拷問部の人間でない限り、キムラスカでは基本的なもの以外は知ることは出来ない。
外部に情報が漏れ、対処方が出回ってしまっては拷問の意味がなくなってしまうからだ。

仮に、対処法が出回ったとしよう。
その時は、拷問部全員に責が科せられ、部とは無関係の師団から人員を引っ張り、誰が誰に情報を洩らしたか自白するまで拷問しなくてはならない。

が知る限り過去にそれは一度あり、人員として引っ張り出されたことがあった。
だが、自分以外の師団からきた者たちは、する側だというのに途中嗚咽を洩らしもの、吐瀉して気絶するもの、軍を辞めていったもの、と色々いた。

預言(スコア)という方法もあるが、それは最終手段であり、上層部にしか明かされない。
それほどキムラスカでは厳重に規制しているが、マルクトでは一体・・・。

「・・・・」
が聞こうとしたことを、ボルドーが先に口出した。

ボル「なんだ、なんだ?マルクトとこじゃー、ただの軍人さんも知ってるんかい」
ジェイドは眼鏡の位置を直した。

ジェ「いえいえ。たまたま、私が知っているだけですよ。まぁ、一部ですが」
ボルドーは、ぽかんと口を開けて、タバコが落ちそうになる前に慌てて口を閉じ、にっと歯を見せて笑った。

ボル「いや、そいつはラッキーだ。よければよ、俺に教える気はねーか?変わりにこっちの方法も教える、ただし、そっちの拷問部以外他言無用だ。どうだい?」
笑い方はさきほど見せた笑いと同じだったが、その目は獲物を捕らえたかのようにギラギラと光っていた。

ジェ「えぇ、かまいませんよ。私も、そちらの方法がどんなものか興味があります」
ジェイドもにっこりと笑ってみせるが、紅い目は爛々としていた。

(何だ?この空気は・・・)
二人は笑い合っている、が、どうも殺伐とした雰囲気をは感じざるえなかった。




ボルドーは小会議室に案内した。
飲み物や軽食が用意され、会議用の机に並んでいる。

ジェイドとボルドーは机をはさんで向かい合い、話始めた。

は、用意されたコーヒーを飲むかのように見せて、一舐めした。
(とりあえず、毒物は入っていないようだ)

軽食にも一通り口をつけ、変なものが混入されていないか確認した。
が何故こんなことをしているのかというと・・・。



過去に、ボルドーはうっかり間違って、拷問用に用意していた飲み物をに飲ませしまった経歴があるからだ。
軽く手が痺れる程度で大事にはならなかったが、さすがのアルマンダインも、このときばかりはボルドーにきつく物言いをしたらしい。


ボルドーの傍にある灰皿に、四本目のタバコの火が消された。
今は机に地図を広げ、数冊の本が散らばっている。

ジェ「この森にある・・・あぁこの花ですね。この花の根を煎じて水に溶かしてください。そうすると、より一層強い―――」
ボル「そいつは、初めて知る調合だな。こんど試してみっか」

(・・・・)
は、胸ポケットにしまっていた眼鏡をかけ、残っている資料に目を通しつつ、ペンをはしらせる。

ボル「でよ。これは、相手に障りたくなねーときに使う方法でな。まず――」
ジェ「ほほぉ、なるほど。これは使えますねぇ」

ボル「だろーー。されたくねーからって、捕まる前に、わざわざ――」
ジェ「それはそれは、意味がありませんでしたね」

二人は声を上げて笑いあう。
盛り上がっている。

内容は置いといて。








小会議室の時計がボーンと六回鳴り響いた。
ボルドーは「うおおぉっ!!」と熊のような叫び声と共に立ち上がり、話しは中断された。

小会議室を出て、三人は挨拶を交わす。
ボルドーは、ちらっとを見て、がそれに気が付き目を上げると、ふと目線を横にズラした。

煙草を上下に揺らして、言うかどうするかを悩んでいるようだ。
「この者の護衛の間は無理だ。その後も、おそらく私はこの城にいないだろう」

その言葉を聞くと、少し残念そうに肩を落として、ガリガリと頭を掻いた。
ボル「そうか、仕方ねーよな、まぁ。都合が合ったらよろしく頼むわ」

「あぁ」
ボルドーは、話の内容を思い出したのか楽しそうに笑って、ジェイドに向き直った。

ボル「色々楽しかった、有難かったぜ。これで、和平が結ばれたときには、そっちのやつによろしく頼むって伝えてくれ」
ジェ「えぇ、和平が結ばれたら、ですね。ですがこちらの方は、貴方のように友好的とは言えませんね」

ボル「そんときゃ、そんときさ。おっと、急がねーと部下にどやされる。・・・いやいや、しかしまぁ、なんだ。もっと骸骨みたいなやつかと思ってたら、あのネクロマンサーがこんな別嬪さんだったとはなー。じゃっまたな、別嬪さん。陸の大将もな」

ボルドーは急ぐ様子もなく、ずしずしと大股で地下の階段へと歩いていった。
ジェ「・・・・」

別嬪さん。
間違いなくジェイドを指している。

陸の大将が、ジェイドであるはずもない。
はジェイドを見て、ボルドーの背を見送る。

「私もお前は美人だと思う」
ジェ「・・・フォローとして、受け取っておきますよ」




図書館に行くのは明日にし、執務室に帰ることにした。

執務室に続く階段を上がっている最中のこと。
ジェ「アルマンダイン司令官と同期と言っておりましたが、あの方と親しいのは、そのせいですか?」

は、無言で階段を上り、言おうか言わまいか考えてる。
「・・・それもある。だが、主(おも)だっては違う」

ジェ「ほぉ、気になりますね。何ですか、それは?」
執務室にある階にたどりつき、赤い絨毯が敷かれている廊下を歩く。

この階の廊下一帯と言っていいだろうか、階段からの執務室まで、警備の者はいない。
しんと静まった廊下に、絨毯の上を歩く音だけが聞こえる。

アーチ型の窓に西日が差し、窓の前を通るたびに、は少し眩しそうにした。
「実験、とでも言っておこう。拷問の薬のな」

ジェ「それは・・・随分と危険なことをなさっていますね。下手をすれば死んでしまいますよ」
西日のせいなのか、自嘲のためなのか、は一瞬、目を細めた。

「どうやら私は、一般の者に比べ毒物やら薬の効き目が弱い。あまり効かんのだ。効果を知るには丁度良い、という訳だ」
ジェ「・・・」

ジェイドから笑みが消えた。
普段から笑っているような表情のせいか、怒っているというよりは、無表情に近いものだった。

は執務室の扉を開け、部屋へと入り、手に持っていた資料を長机に置いた。
「うん?メモ書き?・・・あぁ、メイドが夕食を運びに来たのだな。七時にまた来るそうだ。どうする?先に・・・」

は、長机に置いてあったメモをとり、時計を見たあと、後ろを振り返った。
扉が開け放れたままの執務室の前に立つ、ジェイドの紅い目がを真っ直ぐ見ていた。

何か話すような雰囲気はない。
(?)

は、くしゃりとメイドの残したメモ書きを握りつぶし、傍にあったゴミ箱に投げ捨てた。
「どうした?やはり、客室に戻るか?なら、今からでも」

ジェイドは目を閉じ、軽く首を横に振った。
ジェ「いいえ、そうではありません。出来れば、やめて頂きたいと思っただけです」

「・・・・」
は、小さく息をついた。

「司令官、ナタリア殿下に・・・そういえば、王にも注意されたな。殿下に知れた時は大変だった、とりあえず、やめたと嘘を言って事を治まったが、何故皆(みな)、やめろというのだろうな?」
は、ナタリアのあとに誰かの名前を上げようとして、口を噤んだ。

ジェ「分からないのですか?」
は、再びジェイドを見た。

そこには、一歩も動かず立ったままのジェイドが、少し咎めるようにを見ていた。
返事に納得していない様に見えた。

部屋に入ってこないのがいい証拠だ。
「あぁ。だが、そうだな・・・努めはする。向こうも強制ではないし、止めようと思えばいつでも止められる。それでは、ダメか?」

ジェ「全く、保証のない言い方ですね」
は荒々しくため息をつき、ジェイドに背を向け、執務机に足を進めながら言う。

「あぁ、そうだな。その通りだ。だが、これもキムラスカのためと思えばのことだ。それに、薬を服用するのは私だ、お前ではない。そもそも、お前には関係の無いことだ」

ジェ「そうですね、分かりました。では私は客室に戻ります」
(!?)

は、驚き振り返ったが、そこにジェイドの姿はなかった。
ドアも開け放たれたままだった。

(??)
訳が分からないまま、急いでジェイドを追う。

(さきほど、違うと言ってなかったか?)
追いつたを見もせず「なんですか?」と言ってきたジェイドに対して、は。

「護衛の勤めがある」
ジェ「そうですか」

そう言い終わると、を振り払うように歩く速度を早め、それ以降は何も言わず客室に向かった。
ばたりと目の前で扉は閉まり、言葉をかける暇もなかった。

(・・・・・もしや、勘に触ることを言ってしまっただろうか)
部屋の前で警備をしながら、は考えたが、一向にジェイドを怒らせた引き金となる言葉が分からなかった。

(扉の前に立っていたあたりからか。いや、その前に少し空気が気まずかったような・・・・いつものことか。護衛だと言ったあたりから、ますます、気を悪くさせてしまったような)

今日起きたことを繰り返し繰り返し、思い出し考えていたが、結局、には分からないままだった。
(やはり、ボルドーが美人だと言ったあたりか・・・)

そうして悶々としているうちに、東の空が明るくなっていった。








キムラスカ城 滞在3日目

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