【16.音譜盤(フォンディスク)】

財布はティアの活躍によって戻ってきたが、ルークの苛立ちは収まらなかった。
ルー「くっそ!あいつらが≪漆黒の翼≫だったのか!知ってりゃ、ぎったぎたにしてやったのに!」

商店街が立ち並ぶ中に、ルーク達はいた。
あの後、ヴァン師匠(せんせい)とは一旦別行動となった。

妖獣のアリエッタを、ダアトの監査官に引き渡すためだと言っていた。
仕方なくルークは、皆とキムラスカの領事館へ向かう最中、漆黒の翼に財布をすられた。

そして、今に至る。

ルー(あいつらのせいで、橋が落とされて、こんな遠回りしてるんだからな)
ルークは、漆黒の翼が去っていった方向を睨みつける。

ティ「財布をすられた人の発言とは思えないわ」
今更何を言っているのかという風にティアは言い放ち、ジェイドのほうを振り返った。

ティ「大佐もです。どうしてルークがすられているのを黙って見過ごしたんですか?」
おやっとジェイドは目を見開き、にっこりと笑みを深める。

ジェ「いやぁ、ばれてましたか。面白そうだったので、つい」
ルー「おっ教えろよ!」

ジェイドはニッコリと笑むばかりであった。
ルー「~ったくよー・・・マジで性格ワリィよな」

ジェ「そうですか?配慮のある方(かた)だと言われるほうですが」
ルー「マジかよ!?はぁ~、もういいや。とくにかくさっさと領事館に行こうぜ」

ジェ「貴方にしては、懸命な判断ですね」
ルー「・・・」

うるせーと言おうとしてやめた、相手にすると疲れる。
それに、暑い。

イオ「あの、ルーク。領事館に行く前に、少しよろしいですか?」
ルー「んだよ。もう休みたいーなんて言うんじゃねーだろーな」

船を降りたばかりで、ありえないと思ったが、ここの日差しは刺さるように暑い。
病弱なイオンならありえるかと思い直した。

イオンは少し困ったように笑い。
イオ「いえ、この街の商人ギルドの長に、挨拶をと思いまして・・・いいでしょうか?」

ガイ「なるほど。ギルドの長、アスターと言えば、ダアトに莫大な献金をしているから、素通りって訳にはいかないだろうな」
アニスが、ルークの腕にしがみつく。

アニ「アスター様って、すっごいお金持ちなんですよ。ほら、あのお屋敷がそうなんです」
アニスが指差した先を、ルークは見た。

金色の玉ねぎみたいな屋根、壁は白く、全体的に丸みのある造りだ。
太陽の日差しを反射しているせいで、金色の屋根が目に痛い。

ルー(趣味ワリ)

ジェ「ふむ・・・確かアスターは最先端の音譜盤(フォンディスク)解析機を持っていたはずです。どうです?ガイ。コーラル城で手に入れた例の音譜盤(フォンディスク)を解析に出してみては」
ガイ「そりゃいい。・・・頼めるか?イオン」

イオ「えぇ、おそらく」
キムラスカの領事館に行く前に、アスターの屋敷に行くことになった。

ルー(俺は早く帰って、英雄になりたいのに)
ルークは内心舌打ちをしながら、アスター邸へ向かった。




【アスター邸】

中もキンキラで目に痛い造りをしていると思っていたが、意外にも落ち着いた造りになっていた。
部屋も外にいるより涼しいし、ほこりっぽくもない。

ただ目の前にいるアスターと呼ばれた人物は、どうも胡散臭い。
信用していいのか、疑うほどの顔つきをしている。

アス「音譜盤(フォンディスク)ですか?えぇ、よろしいですよ。少々、お時間を頂いても?」
イオ「はい。よろしくお願いします」

アス「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。今後も商人ギルドをご贔屓に。ヒッヒッヒッ」
その笑いが疑わしくて、仕方がない。

アスターは手を二回叩くと、使用人が出てきて音譜盤(フォンディスク)を持っていった。
ルー「おい」

アス「はい、なんでありましょうか?」
ルー「その解析、ってのは、どんぐらいかかるんだよ」

アス「音譜盤(フォンディスク)にもよりますが、大抵、三十分ぐらいになります」
ルー「ふ~ん。・・・じゃー俺は、外にいってるよ。ここに居てもツマンネーし・・・」

ティ「貴方が行くなら、私も一緒に外に行くわ。私には、貴方を無事に送り届ける責任があるから」
ルー「・・・そうかよ」

ジェイドは眼鏡に手をかける。
ジェ「そうですねぇ。私もその間にマルクトの領事館へ行ってきます。今の状況を、陛下にお伝えしておいたほうがいいですからね」

ガイ「じゃー、この屋敷の前の広場で落ち合うってことで、いいかい?」
全員が頷いた。

ジェイドとは広場で別れた。
ルークは酒場の前で、直射日光を浴びないように、日陰の下に居る。

ティア、ミュウも一緒だ。
ルークは辺りをきょろきょろと見渡し、誰かを探しているようだった。

ティ「貴方、さっきから何してるの?兄なら、ここにはもう来ないわよ?」
ルークは口をへの字に曲げて、ティアを見る。

ルー「それぐらい分かってるっつーの。ただ、キムラスカの英雄がいないかなぁ~なんて思ってさ」
ティアは頭に手をあてた。

熱にやられたわけではない、呆れている。
ティ「の言っていたことを忘れたの?今は病に伏せているって言っていたでしょ?」

ルー「それは」
違うと言おうとしてルークは止まった。

ヴァン師匠(せんせい)との秘密だからだ。
ティアは小首をかしげる。

ティ「それは?」
ルー「・・そーーーだろーけどよ。もしかしたら、寝てるのに飽きて、気分転換に散歩でもしてるかもしれねーだろ」

溜息をティアは吐く。
ティ「貴方じゃないんだから、そんなこと」

「おい、さっきの、キムラスカの・・・」
「番犬だったよな?なんで、こんなところにいるんだ?」

ティアとルークは、目の前を過ぎ去っていった通行人に、目線を当てる。
ティ「あるみたい」

ルークは通行人に向かって走り出した。
ルー「おいっ、今の話、本当か?!」

「えっ!あのネーちゃんの胸のサイズの話か?」
話しの内容が変わっていたらしい、通行人はティアを指差した。

ティアは、カッと顔を赤くした。
ルー「チゲーって、キムラスカの英雄だよ。え・い・ゆ・うっ!どこで見たんだよ!」

ルークは興奮しているようだ、まるで喧嘩でも始める勢いで聞いている。
「英雄?・・あっあぁ、番犬ならキムラスカの領事館へ入っていったぜ」

ルー「マジかよ!?」
ルークはもう一人の通行人が指差した方角を見た。

その先には階段があり、遠くには大きな建物がある、おそらくそれが領事館だとルークは確信し、走り出したが
ティ「待って!ルーク、もうすぐ待ち合わせの時間なるわ!」

ティアが引き止めた。
ルークは立ち止まり、ティアに向かって振り返る。

ルー「皆には、俺が領事館に行ったって言えばいいだろ!」
ルー(それどころじゃ、ねーっつーの!!)

ティ「ダメよ!私は貴方を守る責任があるのよ!」
ルー「だったら、お前も来ればいいじゃん」

ティ「時間に私達が居なかったら、皆が心配することぐらい、分からないの!?」
ルー「そんなもん、勝手に」

ジェ「おやっ?痴話喧嘩ですか?よくやりますね」
ルー「げっ」

面倒くさいのが増えて、思わず口から漏れてしまった。
いや、これは都合がいいのかもしれない。

ルー「おい、俺は」
ガイ「おーい、終わったぞー」

ガイとイオンとアニスが現れた。
ガイの手には音譜盤(フォンディスク)と厚い封筒が合った。

ルー「俺はっ!先に領事館に」


スタ


どこからともなく、人が空から降ってきた。
??「それを寄こせ!」

ルー「へっ?」
ルークとガイの間に、シンクが空から現れ、ガイに向かって突進。

目的は手にある音符盤(フォンディスク)と解析結果の封書。
ガイ「おっと」

咄嗟の出来事にも関わらず、ガイは素早くシンクを避けたが、シンクも疾風の名は伊達ではない。
ガイ「しまった!」

ガイの二の腕を掠っただけで、音符盤(フォンディスク)と封書が宙を舞った。
シンクは音譜盤に手を伸ばし、ガイは封書を取る。

封書から数枚、紙が零れ落ちた。
シン「それも、こっちに寄こしな!」

シンクがガイに再び飛びかかろうとした前を、ジェイドが制す。
ジェ「ここで諍いを起こしては、迷惑になります。船へ!」

ジェイドはそう言い切ると、シンクに向かって閃光を放った。
シン「チッ」

すぐに手で仮面の下を覆い隠したが、遅かった。
目を開けば、自分の足や砂が見えず、真っ白に発光したような視界だ。

ルー「そんな、俺は!」
ルー(英雄に)

ティ「何してるの!?早く!」
ティアがルークの手を引いた。

アニ「イオン様!」
イオ「はい、アニス」

ガイはこれ以上、封書から紙が飛び出ないようしっかりと封を閉じ直しながら、キャツベルトへと向かった。
ジェイドは、シンクの様子を確認して走りだした。




仮面のおかげで閃光を直視しなかったせいか、点滅するように周りの風景が見えてきた。

シン「クソッ、待て!」
シンクは後を追った。

ルークはティアに引っ張られながら、港へ向かっていた。
領事館の前を過ぎ去って。

ルー(あーっ)
ジェイドを最後に、皆がキャツベルトへ乗艦した。

シン「待て!」
シンクの声が近い。

ジェ(まずいですね。このままでは追いつかれて)


コッ ココッコ


ジェ(!)
領事館のドアから、短い不規則なノック音。

ジェイドが前を過ぎ去る一瞬の、絶妙なタイミングでだ。
ジェイドは距離を測るかのように港へ走り

ジェ(この辺りですね)

シンクのほうを振り返ると、譜術を唱え始めた。
ジェ「狂乱せし地霊の宴よ・・・・・・ 」

ジェイドの足元に譜陣が出現する。
シン(譜術封印装置(アンチフォンスロット)をかけられたくせに、さすがだね。もう初級術を唱えてる。・・・だけど、遅いね)

シンクは仮面の下で細く笑んだ。
このまま突き進んでいけば、発動する前にやつに一発入れることができる。

だが、それでは面白くない。
シン(一泡吹かせてあげるよ)

シンクは隣にあった建物、領事館の壁を走り出した。
ジェ(!?)

シン「どう?これじゃー攻撃できないよね?」
下手に当てようとすれば、建物に直撃して崩れ落ちる。

シンクは死霊使い(ネクロマンサー)の悔しがる顔を想像し、仮面の下からジェイドを見た。
ジェ「いえ、好都合です」

ジェイドはいつもの笑みだった。
シン(?)

シンクが領事館のドアに足をかけた瞬間


バンッ!!


シン「なっ!!?」

領事館のドアが突然開き、シンクはジェイドの方向に投げだされた。
ジェ「ロックブレイク」

ジェイドは自分の目の前に譜術を発動させ、キャツベルトへと向かった。
シンクは両手を十字に交差させ顔の前に出す。


ドッ


両腕で岩盤を受け止め、地面へ着地し、すぐさま目の前の岩盤を飛び越え、後を追ったが・・・。

シン「くそっ」
キャツベルトは出港し、シンクの飛躍でも届かない距離に行ってしまった。

岩盤を受け止めた両腕が、痺れ始めた。


??「ハーーッハッハッハッハッハ!ハーハッハッハッハッハ!!」
五月蝿い。


声が頭上から聞こえたかと思えば、もう横にいた。
趣味の悪い椅子、趣味の悪い服、趣味の悪い顔。

直視するだけで疲れる人物≪死神ディスト≫
いつもこの浮遊した椅子に座って、立っているところを見たことがない。

見たいわけでもない。
ディ「ドジを踏みましたね、シンク?」

会話をする気もない。
ディ「だーから言ったでしょう?あの陰険眼鏡を相手にできるのは、この!わ・た・しぐらいですと!あとのことはこの超ウルトラスーパーハイパーグレーディスターな私の譜業であのロン毛眼鏡をぎったぎったの・・・・・・」

シンクはもうディストの横にはいなかった。
椅子の方向を変え、シンクのほうをディストが向く。

ディ「待てーーー!!待て待て待ちなさいっ!私の話はまだ終わって、い」
シン「うるさいよ」

シンクは振り返らず言う。
シン「あのガイとかっていう奴は、カースロットで穢してやったから、いつでも傀儡(くぐつ)にできる。あんたはフォミクリー計画の書類を確実に始末してよね」

ディ「ムキーッ!偉そうに!覚えておきなさい!復讐日記につけておきますからねー!!」
燃やそう。

ディストを放って、領事館前を通る。
シンクは親指の爪を噛んだ。

余裕を見せた自分の失敗もあるが、壁をつたわなくても、あのドアが開け放れていたら、直撃していたに違いない。

何て運が悪いんだ。
自分に叱咤しつつも、外の状況を知らずにドアを開けたおめでたい奴に一言、言ってやらないと気が収まりそうにない。

かと言って、ドアを開けた奴が誰だか確認する暇はあの時なかった。
ただ、キムラスカの関係者というぐらいしか分からない。

シン(・・・散らばった紙、回収しなきゃ)
その辺の人間が見たところで分からない内容だが、下手に人目に触れて大事になったらあとあと面倒だ。




side】
(まさか、壁づたいを走るとは思わなかった。素晴らしい身体能力だ、見習わねば)

あの時、ドアを開け放ったのはだった。
領事館を出ようとして、たまたま窓越しから港へ向かうティアを見た。

何かに追われていることは、一目瞭然と言っていい。
最後にマルクトの軍人を見掛け、ドア越しに立った。

相手に通じるかは五分、通じなくとも追っての足を止めること可能だったが、通じたらしい。
そのまま走れ、とノック音で信号を送ったが、それを考慮したうえで譜術を唱え始めた。

(ふむ。あのとき少佐などと言ってしまったが、落ち度は私にあったようだ。あの状況から、一瞬で信号を把握し、自らも参戦。・・・大佐ではなく、もっと上にいてもおかしくないだろう。・・・封印術(アンチフォンスロット)をかけられたと聞いたが・・・。そうだ、ダアトとから何故そのような財が)

は、イオンから封印術について、話しを聞いた時から、気になってしかたがなかった。
軍人を務めている自分であったが、兵を統べるだけではなく、物資の流通についても手懸けていた。

少しでも軍費が浮けば、浮いたぶんだけ、施設や譜術、譜業、音機関の研究者たちの開発費などに回せるからだ。
自分が、見る前までの軍費は、呆れたものだった。

使いもしない軍施設を建てたり、無駄に武具などを仕入れては、結局、錆びさせ駄目にしてしまい・・・とくかく無駄が多かった。

ダアトは、ここケセドニアに住むアスター率いる商人ギルドから莫大な支援をうけている。
しかし、いくら莫大といっても国家予算の十分の一に追いつくほどではない。

(他から得ていたとしても、一体何処から・・・・・・まさか)
は立ち止まり、今は動かない左手の義手を見た。

(この義手、あのマルクトの軍人は、貴重な素材を使っていると)

バサッ

の顔の側面に何かがあたった。
感触からして・・・・。

(紙か)

拾い上げて内容を見ると、数字がびっしりと並んでいる。
見渡すとまだ数枚、地面に落ちていた。

(ゴミをその辺に捨てるとは、街の美観がそこなわれるではないか)
はため息をつき、紙を拾い始めた。

(しかし、キャツベルトが出てしまっては、キムラスカに着くのが遅れてしまうな・・・アスターにその辺りも交渉・・・)
と考えながら拾っていると、最後の一枚を誰かが拾い上げた。

は目だけ見上げると、そこには深緑色の髪を立て、鳥の嘴ような仮面を付けた少年が立っていた。

【疾風のシンク】
神託の盾(オラクル)騎士団、第五師団長かつ参謀総長。
緑色の髪を逆立て、常に仮面をつけている。その素顔を知るものはいない。

(身なりが妖獣のアリエッタに似ているな、六神将の一人か?・・・あの仮面、視界も遮られ、何より熱そうだ)
シンクは、片手をの前に出した。

シン「それ、僕のなんだ。返してくれない」
は腰を折った状態から立ち上がり、拾い集めた紙を、シンクの手の上に置いた。

「棄てたのかと思っていた」
シン「おっきな束を取りに行ってたんだ。・・・ねぇ、もしかしてあんた、さっき領事館から出てこなかった?」

目の前にいる、紙を渡してくれたのは、キムラスカの緋色の軍服を着ていた。
もしやと、シンクは思い聞いてみたが。

「いや、そこから出てきたところだ」
そいつは、すぐ横にあった酒場を指差した。

シン「ふ~ん、日も高いのにいいご身分だね。まぁ、それならあんたは関係ないか。コレ、ありがと。それじゃぁね」
そう言って、シンクは高く飛躍し、建物の屋根から屋根へと移動して見えなくなった。

(そーいえば、飲んだことがないな)
チラと酒場を一別して、アスター邸へ足を向けた。





【ルークside】

ルー「あーっ、チクショー!あの仮面小僧さえ現れなかったら、今頃キムラスカの英雄に会えてたのにっ!!」
ルークはキャツベルトに乗艦してから、ずっとコレだった。

艦内の一室に皆いた。
ルークは、悔しそうに地団駄を踏み、丸い窓から港を見ていた。

ティ「ルーク、いい加減にして!いくら騒いだって、もう領事館には戻れないのよ」
ティアは両手を腰に当て、ルークの背に向かっていった。

ルークはティアを睨み、その表情はブスくれていた。
ルー「お前には、憧れてる人とかいないのかよ?俺は、そーいう人にやっと会えるところだったんだぞ!!」

ティアは伏せ気味になると、思いつめたように胸に手を当てた。
ティ「・・・いるわ」

ルー「だったら!」
ガイ「おい、ルーク。ティアに怒鳴ったって仕方がないだろう。それに、少し静かにしてやってくれないか?大佐が集中できないと思うんだ」

机に片手を預けて立っているガイが、頼むよと言いたげに眉を下げ、困った表情でルークを見ていた。
ガイの傍では、椅子に座っているジェイドが例の音譜盤(フォンディスク)解析結果の書類を黙々と読んでいた。

背中しか見えないが、ページをめくる速さが尋常ではない、本当に読んでいるのかと思うほどだ。

ルー「集中してーんなら、ここで読まなきゃいいだろっ」
ルークはそう言いながら、再び窓からの景色を見た。

徐々に小さくなる領事館を、海の景色が占領していく。
ガイ「ルーク・・・」

バサッ

ビクリとルークの肩が上がる。
音をしたほうを見ると、ジェイドが分厚い紙の束を机の上に置いていた。

ジェイドは眼鏡の縁に触れる。
ジェ「お気遣いは有難く受け取りますが、集中してしまえば周りは気にならなくなるので、大丈夫ですよ」

いつもと同じ言い方だ。
怒っている様子もない。

ルー(あー、焦った。怒られんのかと・・)
ジェ「怒られるのかと思いましたか?」

ルー(!)

ルークは、驚いてジェイドを見た。
ジェイドは、目元を少し細める。

どうやら、そのようですね、そう言われたような気がした。
ルー「~なっわけねぇーだろ。・・やっと、読み終わったのかと思ったんだよ」

目が合った瞬間、ルークはそっぽを向いた。
あの目は嫌いだ。

何も言わなくても、全て見透かされている気がして、気味が悪かった。
ガイ「やっとて、お前な・・・。早すぎるぐらいだぞ。・・で、旦那は何か分かったのか?何枚か取りそこなったから、その辺が・・影響してなきゃいいんだけどな」

ガイは後頭部を擦りながら、申し訳なさそうに言った。
ジェ「大丈夫ですよ。重要な部分は残っていましたから。これは・・・同位体の研究資料のようです。ローレライの音素(フォニム)振動数の記録されてありました」

ガイ「そうか。影響なくて良かったぜ。・・・でも、なんでもあいつらはそんな研究を・・」
ガイは安心したのか、ドッと椅子にへたり込んだ。

そのまま話しを進めようとしていたが、ルークには分からないことが多すぎた。
ルー「音素(フォニム)振動数?ロー、レライ??同位体???はぁ、また分かんねーことばっかり・・・・・」

いい加減ルーク自身、分からないことが多くて、苛々してきた。
何か皆が話しをする度に、ついていけない、さっぱりだ。

ルークは、椅子に座り、だらりと机の上に突っ伏す。
どーせ誰も教えてくれない、俺を残して勝手に話しを進める。

ティ「・・ローレライは、第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体の総称のことよ」
ルークは顔だけ動かして、ティアを見た。

まさか教えてくれるとは、思わなかったからだ。
少し体を起こして、髪をかく。

ルー「その、音素(フォニム)ってのは生きてるのか?」
ティ「音素(フォニム)は一定以上集まると、自我を持つと言われているの」

戸惑いながらも、ルークはふと思ったことを、ティアに聞いた。
ティアは、ルークが分かるように丁寧かつ簡潔に答えた。

ティアの答えに、ガイは続けるように説明する。
ガイ「集合体には、第一音素(ファーストフォニム)から、第六音素(シックスフォニム)まで、それぞれ名前がついてるんだ。ファーストから、【シャドウ】【ノーム】【シルフ】【ウンディーネ】【イフリート】【レム】ってな」

アニ「大佐は、全部使えるんですよね?」
アニスは大佐の顔を覗き込むように、首を捻った。

ジェ「えぇまぁ・・。いまは封印術(アンチフォンスロット)のせいで全ては無理ですが。しかしながら、ローレライに関してのみは別です。観測されていませんからね。他の集合体が存在しているので、そうではないか・・という仮説にしかすぎません」

ジェイドはそう言いながら、読み終えた資料をしまう。
ルー「は~。皆、物知りなんだなー」

きょとんとした顔をして、ルークは皆を見る。
ガイ「まぁ、本当は常識なんだがな」

眉を下げてガイは苦笑した。
教えていなかった自分を反省しているようにも感じる。

ティ「仕方がないわ。これから、知ればいいのよ」
ルー(!?)

ティアの発言にルークは驚きを隠せずにいた。
さっきも「そんなことも知らないの?」とは言わずに教えてくれた。

なんだか調子が狂う。
アニスは半目になり、ちろりとティアを見る。

アニ「なんか、ティアってば・・・急~にルーク様に優しくなったような・・・・・・」
ティ「そっそんなことないわ。そうだわ、ルーク!音素(フォニム)振動数の説明がまだだったわよね?音素(フォニム)振動数っていうのは、全ての物質が発しているもので、指紋みたいに同じ人はいないの」

ティアにしては、脈絡のない流れで会話を進めた。
頬も少し赤かった。

ガイ「すごいそらし方だな」
ティ「なっ何、言ってるの、ガイ?ただ、説明をしていなかっただけよ。(咳払い)、それでね、同位体っていうのは、音素(フォニム)振動数がまったく同じ二つのことを言うの」

ルー「えーっと、そーすっと。音素(フォニム)振動数ってのは、同じ奴がいないもんで、同位体ってのは、同じ奴で・・・・。いないもんを、つくろうとしてるってことか?」
ジェ「そうですねぇ。ですが、同位体がそこらに存在していたら、超振動があちこちで起きて、迷惑以外の何者でもありませんね。まぁ、同位体研究は兵器に転用できるので、軍部は注目はしていますけどね」

(ヴァ『超振動は、軍も注目している』)
(ヴァ『人間兵器』)

キャツベルトでのヴァン師匠(せんせい)の話が、ルークの脳裏に蘇った。
ルークは眉間に皺を寄せる。

ルー(やっぱり、師匠(せんせい)の言ってたことは、本当だったんだ)
アニ「大佐が昔研究されていったていうフォミクリーって技術なら、作れるんですよね?同位体」

ジェ「いいえ。あれは模造品を作る技術です。見ためはそっくりですが、音素(フォニム)振動数は変わってしまいます」
ルー「フォミクリー?なんだよ、あんたそんな研究」


ドオォンッ


ルー「をおぉ、おっとと」
大きな振動音と共に、キャツベルトが激しく揺れた。

ルー「なっなんだ!?」
ティ「六神将!?」

ガイ「沈める気か!?」
ミュ「大変ですの!ミュウは泳げないですの!溺れるですの!沈むですの!ご主人様は、泳げるですの?」

ルー「だーーーっウゼーーー!!」

ドカッ

あまりのウザさに蹴り飛ばした。
ジェ「水没させるつもりなら、最初の一撃で沈めているはずです。外に出てみましょう」

ジェイドを先頭にルーク達はキャツベルトの外、甲板へと走り出す。
ジェ「やれやれ、言ったことが二度も本当になるとは、口には気をつけないといけませんねぇ」

ルー(?まただ、またわけの分から、っくね~)
ルークの口が引き攣る。

あれはカイツール軍港で、階級の話しをした後のことだ。
(ジェ『貴方に気を使われるとは。明日は雨、いえ六神将かもしれませんね』)

言ってた。
確かに言っていた。

ルー「おいっ、それって」

??「ナーハッハッハッハッハッ!ナーーハッハッハッハッハッ!!」

ルークの発言を押しのける笑い声。
甲高い声は、右耳から入り、鼓膜を突き破って左耳から出ていくようだった。

簡単に表現すると、五月蝿い。

外に出ると、甲板を占領するほどの大きな機械の塊があった。
塊の上には、黒く丈の長い服を着用し、エリマキトカゲのような襟元をした、おそらく人であろうものが、浮遊する椅子に座っていた。

ジェイドよりも厚みのある眼鏡をかけ、光が反射して、どんな目をしているかルーク達には分からなかった。
白髪の髪は少し外ハネ気味で、耳下まで伸びている。

肌は、髪色に負けないくらい白い。
ジェイドの肌も同じぐらい白いが、裂けるように笑っている唇が紫色のせいか、機械の塊の上にいる人物のほうが不健康そうに見える。

最後にアニスが甲板に現れた。

イオンは、アニスに止められ、外には出ずに、出入り口付近で様子を伺っていた。
全員揃うのを待っていたかのように、エリマキトカゲのような襟をした人物は、ポーズを決め、口を開いた。

??「野蛮な猿ども。よくぞ現れた。とくと聞くがいい。美しき名を!我が名は神託の盾(オラクル)騎士団、第二師団長」
ルー(あっ!あいつは!)

ル・ジェ「鼻垂れディスト」

ディ「・・・・」
ガイ「そんな二つ名の六神将なんて、いたっけか?」

ディ「ちっがーーう!!薔薇!バーラ!薔薇のディスト様だっっ!!」
アニ「死神ディストでしょ?」

アニスは首をかしげる。
ディストは足をバタつかせ。

ディ「キーーーッ!!そんな二つ名認めるかーーーっっ!!薔薇だ、薔薇ぁ!!」
ガイ「知り合いなのか?」

ガイはアニスのほうを見た、今まで六神将に会ってきたが、緊迫感が全く感じられないので、とりあえず今のところ、警戒する必要はないだろうと判断した。
アニ「私は同じ神託の盾(オラクル)騎士団だからだけど、大佐は何でですか?」

アニスは大佐にふる。
ジェ「さぁ」

ディストは、真っ直ぐジェイドを指差した。
ディ「そこの陰険鬼畜ロン毛眼鏡は、この麗しくも美しく賢いディスト様のかつての友!」

マジかよ!?
そんな題詞がつく勢いで、皆がジェイドに注目した。

ジェイドは肩を竦め、両手を顔の位置まで左右に広げて、首をかしげた。
ジェ「どこのジェイドです?そんな物好きは」

ディ「何ですって!?」
ディストは手足をバタつかせ、顔を真っ赤にした。

ジェ「ほらほら、怒るとまた鼻水がでますよ?」
ディ「ムキーーッ、でませんよ!!」


ルー「あほらし」
ルー(それに猿っぽ)

ガイ「あーいうのを、置いてけぼりっていうんだろうな。そーいやルーク、なんで鼻たれなんて知ってるんだ?」
ルー「んっ、大佐から聞いたんだよ」

ディ「そんなことは、今すぐ忘れなさい!!薔薇です。薔薇!!そして、さっさと音譜盤(フォンディスク)解析書をよこしなさい」

ジェ「これのことですか?」
ひょいとジェイドは、書類をかかげる。


ザッ


浮遊していた椅子はものすごい速さでジェイドにむかい、もとの機械の上に戻ると、ディストの手にはジェイドが持っていた書類があった。
ディ「ハーハッハッハッハッ、油断しましたね?ジェイド。返してもらいましたよ」

ディストは、踏ん反りかえりながら、ジェイドに見せつけるように解析書を高らかに上げた。
ジェイドの表情から、笑みは消えない。

ジェ「いいですよ、別に。内容はすべて覚えましたから」
ルー(すっげーーー)

ディストは裂けんばかりの口元は逆向きになり、への字のようになっていたが、眉を吊り上げ、もとの口が裂けたような笑いに戻る。

怒っているのか笑っているのか、よく分からないような表情だ。
ディ「私を小馬鹿にするのもいい加減になさい!!用があるのはそれだけではありません。情報によれば、あなた方と一緒に・・・・???」

びしりと指差した人差し指が、へにゃりと下る。
本人も、へにゃりと気が抜けたような表情になった。

ディ「そっそんなはずは・・・・」
ディストがギッとジェイドを見る。

ディ「黒髪の女性を出しなさい!!いるはずですよっ!!」
ジェ「いませんよ。そんな女性」

ディ「嘘をつくんじゃありません!!」
ジェ「貴方のために嘘をつくような労力などありませんよ」

ルー(あっ、それ、あいつが言ってたことと似てる)
ティアも気づいたのか、きょとんとした顔をしている。

ディ「キーーー、黒髪の女性ですよ!黒髪ーーー!!」
ジェイドが何かに気づいたのか、ふと笑みを深くし

ジェ「あぁ、そうでした。見かけましたよ。ケセドニアで」
ケセドニア方面に手をかざした。

ディ「はじめから、素直にそう言えばいいんですよっ!!罰としてこの【カイザーディストR】の技をくらいなさい!!ふんっ」

ディストはそういって、浮遊した椅子に座ったまま、ケセドニアの港へ行ってしまった。
目の前の機械の塊が動きだし、腕のようなものがルーク達に振り下ろされる。

ガキィン

ルー「くっ!!」

ルークは機械の腕を剣で受け止める。
ルー(ここで引き下がったら、きっと英雄になれない!進んでに前に出て皆をひっぱっていくくらいじゃないと)

ルークは英雄になるためには、どうしたらいいか分からなかったので、ヴァンが教えてくれたキムラスカの英雄の話を思い出した。
(ヴァ「恐れることを知らず、常に人の前に立ち、道を切り開いていく」)

ぐぐっ

機械の塊のほうが力が強い。
ルークは甲板の板に膝をつく。

ジェ「ガイ、アニス」
ガイ「りょーかい」

アニ「はい」
ガイとアニスが機械の塊の右側を同時に攻撃。


どごぉっ


二人のふっ飛ばし攻撃に機械の塊はキャツベルトを押し出され、海に放り出された。
ルークの身体から力が抜け、ブリッジに尻餅をつくような形になった。


ごおぉぉぉおおおっ


海に投げ出された機械の塊は、背中にあるブースで宙を浮き、再び甲板に侵入しようとしたが
ジェ「スプラッシュ」

トドメの一発といわんばかりに、ジェイドが機械の頭上に第四音素(水)の譜術が発動させ、海に沈んでいき、固まりは上がってこなかった。
イオンは、もう行ってもいいと思ったのか、甲板まで来た。

ジェイドに、いいところを奪われた。
ルークはぶすくれる。

ガイは、そんなルークに気づき。
ガイ「どうしたんだ。せっかく、皆のこと助けたのに」

ルー「でも、ジェイドが倒したようなもんだしよ・・・」
ジェ「おやっ、貴方が時間をかせいでくれたおかげですよ?」

ルー「・・・・・」
ジェイドに褒められたような言葉は、初めてのような気がする。

本心かどうかは別としてだ。
イオ「あなたがあの時、止めなければ、キャツベルトは沈んでいました。ルーク、とても勇敢でした」

ルークは軽く頬をかき、ほのかに赤く染める。
ルー「そっそっかな・・・」

ルー(俺も、英雄に一歩近づけたってことかな)



そー言えば・・・・・。

ガイ「そーいやぁ、旦那。を見かけたんなら一言いってくれても」
ジェ「さて、なんのことです?」

ルー「さっき、言ってたじぇねーか」
アニ「そうですよ~大佐~♪」

ジェ「あぁ、黒髪の女性のことですか」
思い出し方がわざとらしい。

ティ「ケセドニアで見かけたって」
ジェイドはにっこりと笑い。

ジェ「えぇ、黒髪の女性なら大勢いたではありませんか。栗色や灰色もいましたけどね」
全員(うっわ~~~)

ジェイドとイオン以外の全員がうつむいた。
こればっかりは、あの奇抜な椅子と襟の人物を哀れむ。



ジェ(これで、彼女の義手も直るでしょう)







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