【20.承諾】
結局、眠てない。
は謁見の間にいた。
使節団は和平決議までの数日、キムラスカに滞在していた。
イオン達には一般兵が護衛についていたが、ジェイドは違った。
ピオニー陛下の名代とはいえ、あの死霊使い(ネクロマンサー)である。
キムラスカとっては疎ましい存在、下手をすれば、一触即発の事態もありうる。
何が起きても対処できるよう、が選ばれた。
中央の玉座にはインゴベルト陛下、その上手にはナタリアが鎮座する。
玉座と同じ段の下手に、内務大臣、ゴールドバーグ、、セシルと順に並び立つ。
警備兵含め軍人たちは、必要以上に背筋を伸ばし、肩甲骨からつりそうになっていた。
段を下がったところ、ナタリア側にティアとモースが、側にジェイドがいる。
あのタヌキツネのような大詠師が、ジェイドとインゴベルト陛下を、ちらちらと交互に見ている。
おかしなことに、元帥であるルークの父、クリムゾンも下段にいた。
最後に、ルークが謁見の間に入ってきた。
陛下は大臣と一度目を合わせ玉座から立ち、信書について承諾の意志を示した。
は握っていた柄を離し、ジェイドに視線を投げると目があった。
「良かったですね」少し細まった目元に、そう言われたような気がした。
モースは顔を真っ赤にさせ、湯気でも出していたかと思ったが、意外にも静かにその話を聞いていた。
陛下は承諾の証として、ルークを親善大使に任命し、使節団と共にアクゼリュスの救済に行ってほしいと続ける。
ルー「はぁっ!?なんで俺が、わざわざ危険な目にあいに行かなきゃなんねーんだ?」
クリ「ルーク!」
ルー「やなこった」
ルークは、真っ向から否定した。
外の世界は、危険で面倒くさい。
だいたい、何で俺が救済なんて、面倒くせーことしなくちゃなんねーんだ。
そんなことより俺は、ヴァン師匠から、早く英雄になるためにはどうしたらいいか、知りたいんだ。
ルー(こんなのに付き合ったら、英雄になるのが遅れちまう)
ルークが口を噤んでいるのを、周りが疑問の目で見ていた。
戦争を起こしたいのか?
(・・・・)
あれは、一体誰だろう。
私の知っている焔は、消えてしまったのだろうか。
陰りさえも見えない。
ルークの父が、重苦しく口を開いた。
クリ「・・・ヴァンのことだが」
ルー(!)
ルー「ヴァン師匠、来てるのか!?」
ナタ「・・・城の地下に捕えられているわ」
ルー「はぁ!?何だよ、それっ!師匠は、何も関係ねーって言ってるだろ!?俺だけじゃない!皆だって、師匠は関係ないって」
ルークは、ティアやジェイドにふり、最後にを見た。
ルー「あんただって、知ってるだろ!?師匠は、俺を探しに来てくれただけだって」
マルクト領地にがいたことを知られるのは、まずい・・・そんなことは、ルークの頭から忘れ去られていた。
師匠を助けたい、その一心だった。
ルー(父上や伯父上だって、こいつが「そうだ」って言えば、分かってくれる。だって)
英雄だから。
ルー(英雄が言えば、誰だって!!)
「断定しかねる」
ルー「なっ、お前!!」
クリ「そのことだが」
ルークは、壇上にいるに食ってかかろうとした足を止めた。
クリ「ヴァンが犯人であるかどうか、我々も図りかねている。そこで、お前が親善大使としてアクゼリュスに行けば、協力のためヴァンを解放しよう」
(犯人?)
ルー「だから、師匠は、関係ないって言ってるだろ!」
今回の事は、ティアと俺とがたまたま起こした超振動ってやつが原因で、師匠を疑うところなんて、これっぽっちもない。
ルー(あいつが、あんなこと言ったからだ)
ルー「・・・分かった。・・やるよ・・やればいいんだろ!だから、早く師匠を解放してくれ」
ルークは、を睨み苦々しく答えた。
陛下「良く決心してくれた、ルークよ」
(決心というよりヴァンのために仕方なく、だな。だが、陛下も元帥も、脅すような物言いなのは、何故だ)
何が何でも、ルークにやらせたいように見える。
緊急会議と言いながら、ルーク達がこちらに着いて、すでに四日が経過していた。
まるで、ヴァンを待っていたかのように。
陛下「実はな、この役目、お前でなくてはならないのだ」
ルー(?)
(?)
陛下はティアを呼び、巨大な譜石・・・ユリア・ジュエの第六譜石預言(スコア)を詠むよう頼んだ。
ティアは、巨大な譜石に手を当てる。謁見の間にその声は、静かに響いた。
ティ『ND2000。ローレライの力を継ぐ王族の連なる赤い髪の男児、キムラスカに誕生す。名を聖なる焔の光と称し、キムラスカを繁栄に導くだろう。
ND2018。ローレライの力を継ぐ者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで・・・』
譜石は、かけていて、これ以上詠めなかった。
ティアは壇上から下り、モースの横につく。
陛下「この預言(スコア)の男児とは、お前のことなのだ、ルーク。選ばれし者よ」
ルー(俺が・・・選ばれし者?)
≪英雄≫の文字が、ルークの脳内を埋め尽くした。
ルークの父は、今まで軟禁生活を強いていたのは、その力を守るためだと言っている。
ルー(ヴァン師匠の言ってた通りだ)
皆、俺に嘘ばっかつく。
信じられるのは、ヴァン師匠だけだ。
クリ「ルーク、お前も英雄になるのだ」
ルー(英雄。俺が英雄に!)
ジェ「英雄ねぇ・・・」
どこか馬鹿にするような口調で、ジェイドが言う。
ルー「なんだよ」
ジェ「いえ、別に。ところで、同行者は、私とイオン様に導師守護役あとは誰でしょうか?」
モースが、体格の割には素早い動きを見せた。
モー「ローレライ教団からは、ティアとヴァンの同行を許可願いたく存じ上げます。よろしいでしょうか?」
クリ「ルーク、お前はどうしたい?」
少し驚いた、父上が今まで自分に意見を求めることがあっただろうか。
だが、ルークの望みは唯一つ。
ルー「俺は、ヴァン師匠が一緒なら、なんでもいいや」
クリ「そうか。では、ガイを世話係として連れていくがいい」
内務大臣が咳払いを一つ、全員がインゴベルト陛下に注目した。
陛下「キムラスカからは、親善大使としてルークを、そして皆の護衛と救助補佐として、陸軍大将を同行させよう」
ルー(!)
が、一歩前に踏み出た。
「これから・・」
ルー「やだっ!!俺は、こいつが一緒に行くなら、行かねーからな!」
謁見の間が、しんと静まり返った。
ルー「だいたい、自分の身ぐらい、自分で守れるっつーの!」
陛下「では、陸軍大将は、お前と別の」
ルー「こいつと一緒は、い・や・だ!」
陛下は、困ったようにルークの父を見やり、モースはどこか誇らしげに腹を揺らしていた。
は、ただ静かにルークを見ていた。
ジェ「おやおや、これはとんだ英雄ですねぇ」
ジェイドは、再び小馬鹿にしたように言った。
ルー(!英雄。そうだ、ヴァン師匠)
俺がここで行かないと、師匠は・・・。
ルークは、を指差した。
ルー「分かった!こいつも連れて行けばいいんだろ!!」
キムラスカ側、全員が安堵の息を漏らした。
ルー「俺は!!」
だがルークの怒りは収まらず。
ルー「俺は、お前が英雄だなんて認めねーからな!!」
謁見の間に響き渡るほど怒鳴り散らした。
陛下は、この場を早く収めようと、に命を下そうとしたが。
「案ずるな」
ビシリと張り詰めた空気に、ジェイド以外の全員が、一度身震いした。
「私も、今のお前を【聖なる焔の男児】などと、思っていない」
全員(!?)
ルー「はぁ!?前の俺がそうだって言うのかよ!だから、俺は記憶喪失で」
「そんなことは、どーでもいい」
ルー「なっ!?」
「お前など【聖なる焔】の名に相応しくない!」
バチーン
全員(!)
ナタ「なんてことをおっしゃいますの!?皆の、それもお父様の前で、身の程知らずにも程が過ぎますわ!」
音からして痛い。ルークは、思わず自分の頬を触った。
案の定、の頬は赤く腫れ上がっていた。
は、たたかれたことに驚いてもいなかった。
「申し訳ございません」
膝を折り、ナタリアに頭を下げる。
キムラスカ兵達は、意味も無く全身に力が入る。
反りあがる姿勢は、横隔膜を引き上げ呼吸を苦しくし、早く終わることばかりを願っていた。
「陛下、元帥。ご無礼をお許しください。ご処罰を」
陛下とクリムゾンは一瞥し合い、クリムゾンはゆっくり瞬くと、陛下は静かに頷いた。
陛下「陸軍大将は、砂漠を渡りアクゼリュスに。処罰はない・・言葉には気を付けなさい」
「はい」
その後、使者として向かいたいとナタリアは言ったが、陛下は断固否定した。
一国の姫を危険にさらすなど、許すはずもない。
ルークは、ヴァンを解放するため、城の地下牢へと走り出した。
他のメンバーは、城門で待つことに。
皆が去ると同時に、不服のナタリアは、陛下に一言もなく謁見の間を後にした。
【地下牢】
重たく冷たい扉を開き、無骨な石造りの階段を駆け下る。
じめじめと湿って、窓はなく日も差さない。
薄暗い。
こんな師匠とはかけ離れた場所に、閉じ込められいたかと思うと、ルークは悔しさで舌打ちをした。
階段を降り角を曲がると、すでに解放されたヴァンは迎えを待っていた。
ルークに気が付くと、笑顔をみせる。
ヴァ「ルーク」
ルー「師匠!!」
ルークも笑顔になり、ヴァンに駆け寄った。
下りてきた階段の上に、影が一つ。
【空中庭園】
ガイ「あれっ?あんたも、一緒に行くのか?」
ルークとヴァンを待っていたところに、二人分の荷物を持ってガイが現れた。
「あぁ。と言っても、貴殿らとは、別ルートだ」
ガイ「別?」
ジェ「えぇ、実は・・・」
ジェイドは謁見の間でのことを、ガイに説明した。
ガイは、顎に手をあてる。
ガイ「なるほどね。砂漠を徒歩で・・・って、あそこは賊が増えたって聞いたけど、一人で大丈夫かい?」
「あぁ、砂漠越えは何度か経験している。賊の心配も、案ずることはない」
ガイ「でも、あんた義手が」
は、左手を動いている様をガイに見せた。
「直った」
新しいおもちゃを目の前にした子供のように、ガイは勢い良く一歩前に飛び出し、一歩後ろに飛びのいた。
アニスは、義手が直っていたことに「そーいえば」と片手を口に当て、やっぱり固いんだ~と言いながら、不思議そうにの左手を突く。
それをガイは、触りたい衝動にかられながら、上下左右同時に体を動かし、うずくねっていた。
だが悲しいことに、女性恐怖症のせいで、これ以上に近づけなかった。
それを知ってか知らずか知ってだろう、ジェイドもの義手について、話し始めた。
アニ「これって、が直したの?」
「いや、サフィールに直してもらった」
ティ「サフィール?」
「・・・薔薇のディスト、と本人は呼んでほしいと言っていたな」
ティ・アニ・ガイ「ディストォ!?」
アニ「ディストって、あのディスト!?」
「出来れば、特徴を上げてほしい」
ガイ「浮遊した椅子に座ってた?」
「あぁ」
ティ「眼鏡をかけた?」
「あぁ」
ジェ「鼻は、垂れてましたか?」
「あぁ」
ジェ「間違いありませんね」
アニ「間違いないですね」
ガイ「間違いないな」
ティ「間違いないわ」
(・・・浮遊した椅子で、十分だと思うのだが)
「では、私は先に失礼する」
ジェ「そうでした。経路のことですが・・・・」
ジェイドは、これからの経路について案を出した。
話がまとまると、アニスは先に港で待っているイオンを連れてくると言い、昇降機へと走る。
少なからず、の顔は青かった。
【チャット形式】頬が・・・
ガイ「、頬が赤いけど、どこかでぶつけたのかい?冷やした方が」
「いや、これは、ナタリア殿下に叩かれたものだ」
ガイ「ぶたれた!?あんた、一体、殿下に何したんだ」
「殿下には、何もしていない」
ガイ「理由もなしにかい?」
「まぁ、よほど私は、ぶちたくなる顔をしているのだろう」
ガイ「?」
城門が開き、ルークとヴァンが出てきた。
ルークは、満面の笑みでいた。
牢でのことだ。
七年前にルークを誘拐したのは、自分だとヴァンは打ち明けた。
記憶障害で忘れてしまったが、超振動を起こせる人体実験に耐えられなくなり、ヴァンに助けを求め、ダアトに亡命しようとしたが、失敗してしまったそうだ。
その頃から、ヴァンと仲が良かったのかと思うと、ルークは初めて記憶喪失になったことを後悔した。
失敗してしまったが、ルークがアクゼリュスで超振動を起こして、瘴気を中和すれば・・。
今度こそ、ダアトに亡命できるという。
ヴァ(『私には、お前が必要なのだ。ルーク』)
自然と顔が緩む。
人に必要とされるなんて、初めてだ。
俺にはヴァン師匠しかいない。
ルー(とっとと瘴気中和して、さっさと英雄になって、ヴァン師匠とずっと一緒♪)
と意気揚々のルークの気持ちが、少し沈んだ。
ルー(・・・)
嫌でも目立つ緋色の軍服。
ティ「兄さん」
ヴァンはティアを見て、を確認した。
ヴァ「誤解は、まだ解けていないようだが、早くアクゼリュスに向かおう。船の準備は出来ているのか?」
ジェ「出港の手続きはすませています。ですが、少々事態が変わりました」
「私が、航路で行くことになった」
ルー「はっ!?お前とは嫌だって言ってるだろ!」
ヴァ「ルーク、何か事情があるようだ。まずは、話を聞きなさい」
ルー「はい、師匠」
ルークは、おとなしく返事をし、ガイから荷物を受け取った。
ジェ「中央大海に信託の盾(オラクル)騎士団の船が監視しています。おそらく大詠師派の妨害対策かと」
ティ「大佐!モース様は」
ジェ「事実ですよ。まぁ、大詠師派かは未確認でしたね。とにかく航路は危険です。そこで、彼女と我々の経路を、換えることにしました」
「私は囮だ」
ルー「本当は、歩くのが面倒くさくなったんだろ」
(冗談ではない)
の眉間に皺がよる。
(船・・・)
皺が深くなる。
ガイ「。気を悪くしないでくれ、ルークだって悪気があって」
「いや。そうではない」
ふと南の空が視界に入った。
遠くに、暗い灰色の雲、冷たい風に乗って草木の濡れた匂いがした。
「雨が降るな」
ルー「そんなもん、預言(スコア)で言ってただろ」
(預言(スコア)・・・か)
ヴァンが一瞬険しい顔になったが、誰も知る由はなかった。
「くれぐれも雨に濡れ、体など冷やさぬよう注意してくれ」
ルー「ふんっ、お前に心配なんて」
「女性に冷えは禁物だ。導師イオンにも気にかけるよう、アニスに伝えておいてくれ」
ティ「えっ!?えぇ、分かったわ」
ジェ「全く、されていないようですね。私たちも含めてですが」
ルー「ちっ」
「ガイ」
は、ガイに差し伸べようとした手を止め、下げた。
「すまん、ギリギリであったな」
ガイ「ははっ、そーいやぁ、昔。あんたに正確な位置を測られたっけな」
既に十年の時が経っているが、昨日のことのように感じる。
ガイは、苦笑した。
「アクゼリュスまで、使節団の護衛を私の代わり」
ガイ「俺は、ルークの世話係で行くだけだぜ?護衛なんて、そんな大役」
「お前なら出来る」
ガイ「・・・あんた、変わってないな」
「お前は、心・技・体、ともに成長したようだ。・・変わらぬ面もあるがな」
二人とも静かに笑みを交わした。
ヴァ「その作戦だが、航路には私も行こう」
ルー「えっ!?」
ルークは思わず、声を上げた。
「お前は使節団と行け」
ルークはカッとなった。
ルー「ヴァン師匠になんて口きーてんだよ!師匠はな主席総長なんだぞ!お前なんかよりずっと偉いんだかんな!!」
ルークはの前にくってでて、びしりと指をさした。
ルー「お前なんか、英雄でもなんでもねー!!今に見てろ、俺が英雄になってやる!!」
ルー(そんで、お前にすげーって言わせてやる!!)
「英雄とは自分からなるものではない。民が決めることだ。望まずとも・・勝手にな」
は、ルークとは反対に、静かに・・苦悶と悲痛を交え答えた。
ルー「ふん、だから俺の」
ヴァ「ルーク」
ヴァンはゆっくりとルークの前に出た。
ルー(うおっヤッベー、うっかり言っちまうところだったぜ)
地下牢でヴァン師匠から、英雄になる方法を教えてもらった。
あの風船みたいなやつが大人しかったのも、アクゼリュスの奴らをキムラスカに連れて行くと戦争が起こせるからだ。
謁見で言ってた預言(スコア)の続きらしい。
ルー(戦争なんて冗談じゃねーっつーの!)
で、俺の超振動でアクゼリュスの障気を消しちまえば、戦争は起きなくて、俺は英雄になれるってわけ。
ヴァン師匠って、本当すげーよな!!
俺のこと、こんなに考えてくれてるんだぜ!!
ヴァ「確かに、貴殿だけでも十分だが、ルークと別行動ということは、モースに知られている。そこで、私が船にいれば、ルーク達も共にいると信憑性も高まる」
ヴァンはルークの肩に手を置いた。
ヴァ「分かってくれるな?ルーク」
ルー「はい、分かりました!」
師匠は困らせたくない。
ヴァ「よろしいかな?陸軍大将」
「・・好きにしろ」
ルー「ヴァン師匠に向かって、偉そうにすんなっつーの!!」
ルークは、に「イー」と歯を見せた。
ティ(まったく、子供なんだから)
ティアは息をつき、ガイは申し訳なさそうにを見る。
ヴァ「では、私は先に失礼する。ルーク、ケセドニアで合流しよう」
ルー「はい、師匠!」
ヴァンは昇降機に向かって歩き出し、ルークは見えなくなるまで見送っていた。
その表情は、返事とは裏腹にしょんぼりしていた。
ルー(やっぱ、一緒がよかったな・・・)
は、ジェイドに歩み寄り
「陸路のほうでも、大詠師派が」
ティ「!」
「そうだったな。陸路でも刺客が潜んでいるやもしれん。そのときはお前の知恵で対処してほしい・・・名代に言うのもなんだが」
ジェ「・仕方がありませんね~」
ジェイドは、にっこりと胡散臭い笑みではなく、本当に嬉しそうに笑った。
その様に、ティアもガイもルークも、あんな風に笑えるのかと驚いた。
「そうか、では頼んだぞ。マルクトの軍人」
ジェイドは、眉間に皺が寄るのを隠すように、眼鏡の縁に手を当てた。前髪がさらりと落ちる。
ジェ「いい加減、その【マルクトの軍人】という呼び名はやめて頂けませんかね」
「確かに失礼であった。非礼を許してほしい、カーティス大佐」
ジェ「ファーストネームで構いませんよ。ファミリーネームで呼ばれるのは、慣れていないもので」
「そうか。では慣れることだ、カーティス大佐」
ジェイドの笑顔が張り付いた。
は普段どおりであるが、ジェイドからはブリザードのような寒さを感じる。
ジェ「分かりました。陸軍大将殿」
「では、アクゼリュスで」
は、港へ向かう。
ジェ「さて、私も所用があるので、失礼しますよ。街の出入り口で合流しましょう」
ルークたちが「へっ?」っという顔でジェイドを見たが、当の本人は張り付いた笑顔のまま、有無を言わさず行ってしまった。
残ったメンバーといえば・・・。
ルー「・・・冷血女と女嫌いか」
ミュ「ご主人様、ミュウもいるですの!一緒にいくですの!ついていくですの!!今度はどこにですの?熱いところですの?寒いところですの?暗いところですの?鼠はいやですの!ご主人様は何がいやですの?」
ルー「うぜーーー!!」
蹴り飛ばした。
ティアが、キッとルークを睨んだが、ルークはそ知らぬふりをした。
蹴り飛ばされたミュウをキャッチしたガイが、まじめな顔で。
ガイ「おい、誤解を生むような言い方やめてくれ。俺は女性恐怖症だが、女の人は大好きだ」
先の不安しか感じないティアだった。
【side】
は、アニスやヴァンが乗車した昇降機ではなく、港に直結している昇降機に向かっていた。
それは小さめの構造で隠すように設置されていた。
実際、分かりにくい場所にある。
キムラスカ兵は敬礼をすると身を引き、昇降機の柵扉を開けた。
は片手を挙げ礼を返して乗り込み、挙げた手を下ろすと、柵扉が閉まった。
「このような場所にも、設置されているんですね」
後ろから声。は振り返らず。
「軍専用だ」
なるほどとジェイドとが言うと同時に、昇降機は降下していった。
【チャット形式】軍用施設
ジェ「他にも軍用の施設はあるのですか?」
「あぁ。兵が迅速に行動できるよう、そういった場所は確保されている。他にも民が入ってはいけない危険な場所は、警備兵がついている」
ジェ「なるほど脱出経路、というわけですね」
「・・そう、表現もできるな」
【チャット形式】階級によって違う
ジェ「軍人であれば、施設は全て使用できるのですか?」
「軍用といっても、将軍、団長、隊長、一般兵と階級によって使えるものと使えない場所、経路がある」
ジェ「王族のみの、場所もですか?」
「・・さあな」
昇降機が、ガコンと音をたてて止まり、柵扉が開いた。
先を見上げると、天空滑車がちょうど街へと動き出していた。
潮の匂い。
海鳥の頻繁な鳴き声、防波堤を打ち付ける波音。
船着場は、目と鼻の先だった。
は昇降機から降り、その後にジェイドが続く。
潮風にの肩マントと、ジェイドの髪がなびく。
「・・・何の用だ。見送りではないだろう?」
ジェ「おや、そうかもしれませんよ」
戦艦につづく桟橋の前にいたキムラスカ兵二名は、に敬礼をすると中へ入っていた。
は振り返り、ジェイドの前に立つ。軍人として洗練された立ち姿は、遠くからでも目を惹くものがあった。
「先を急ぐ旅だ。そんなはずはあるまい」
ジェイドは眼鏡のブリッジに中指を当て、軽く持ち上げた。
ジェ「念のため、囮の船を出港させます。その船の登録名簿に、使節団の名前だけ載せておこうかと思いまして」
「なるほど。囮の船は考えていたが、名簿までは気が付かなかった。さすがだな。なら門兵に、お前たちが陸路へ向かうことは、伏せておいたほうがいいな」
は目線を横に滑らせ、少し考えると、軍服の襟についているカフスを一つ取り、ジェイドの前に差し出した。
「これを」
それは陸軍大将である証、勲章の代わりでもある。
本来ならば、ゴールドバーグやアルマンダイン司令官のように胸元にいくつもの勲章をつけているはずだが、戦時中、前線にでていたは戦いの邪魔と紛失に繋がるという理由で、つけていなかった。
それを見兼ねた陛下が、カフスを陸軍大将の勲章代わりとした。
キムラスカだけが持つ特別な技法で創らせたものだが、本人は知る由もない。
黄金と白金の混合による落ち着いたシャンパンゴールドの輝きをベースに、縁取りは細かく砕かれ一つの輝石として加工されたイエローダイヤとムーンストーンが品よく煌く。
留具は濃いピンク色のルビーではなく紅。
小ぶりのピジョンブラッドを誂え、無駄遣いにもほどがある。
「門前警備兵の口止めに。他にキムラスカの、軍関係や商人の交渉で困ったことがあれば使ってくれ。責任は私が取る」
ジェイドは、カフスを一瞥する。
ジェ「陸軍大将のお墨付き、というわけですか。よろしいのですか?和平の結束もしていない、敵国の、それも軍人に渡してしまって。状況によっては、貴方を不利な立場にできますよ」
状況によって、それは戦争が起きたとき。
使い方によって、それはジェイドの采配による。
キムラスカの番犬(ケルベロス)と死霊使い(ネクロマンサー)
一瞬の、緊迫した空気。
息の仕方を忘れた。
港にいる全てがそうなった。
「確かにお前は敵国の軍人だ。が、それだけだ。お前には裏がない」
ジェ「そうですね、私は純粋無垢な赤子のように裏がありません。ですから」
ジェイドは顔を隠すように眼鏡に触れたまま止まる。
ジェ「純粋に、してしまうかもしれませんよ?」
「その時はその時だ」
ジェ「・・・」
間髪ない返答。
毒気を抜かれたジェイドは、やれやれと溜息をつき、の手からカフスを取り
カチャ
あるものを置いた。
ジェ「私の味方識別(マーキング)です」
「・・・いいのか?」
ジェ「えぇ」
「・・そうか」
それ以上深く聞かず、は味方識別(マーキング)を握り、反対の手で敬礼をすると港と戦艦を繋ぐ桟橋へと足をかけた。
数歩進むと思い出したかのように。
「カフスは、アクゼリュスで返してくれ」
そう言って、艦内へと姿を消した。
ジェ「・・・・」
ジェイドは、囮の船の準備をしに行く。
カンカンと甲高い音を立てながら、鉄製の階段をは下り、キムラスカ兵に声をかけた。
「出港してくれ」
敬礼をするキムラスカ兵。
「申し訳ございません!もうしばらくお待ちください」
【ジェイドside】
囮の船の手続きをすませたジェイドは、城門に行くため天空滑車へと足を進める。
青。やはりキムラスカでは目立つその軍服に、周りは不愉快な視線をぶつける。
早くこの場を去ろうと、目線を前に投げたときだった。
ジェ(おや?)
前方からヴァンが、歩いてくる。
ヴァンはジェイドに気が付くと、軽く頭を下げた。
ヴァ「貴殿は陸路だったはずですが、何か不都合でも?」
ジェ「いえ、念のため囮の船の用意を。貴方こそ、どうされたのです?私よりも先に港に向かったはずでは?」
ヴァンは申し訳なさそうに笑む。
ヴァ「部下より大詠師派に動きがあったと報告を受け、対応策を指示しておりました」
ジェイドは眼鏡の位置を直す。
ジェ「そうでしたか」
ヴァ「では」
ヴァンは、会釈すると颯爽と港へ向かっていった。
ジェ(?)
手には、一輪の花を持って。
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