【キムラスカ城滞在:3日目】
ジェ「おはようございます」
まるで何事もなかったように、ジェイドは客室の扉を開け、にっこり笑いながらに言った。
「あっあぁ、よく、眠れたか?」
昨日のことは自分の勘違いであったと、は結論づけた。
それぐらいジェイドの態度は、いつもとなんら変わらないものだったからだ。
客室ではメイドが朝食を持ってくることはないので、食堂に行くことにした。
時間を遅めにしたので、食堂にはキムラスカ兵が疎らに座っていた。
混雑時なら空いている席を探すのに苦労するらしい。
長さ20フィートほどの机が規律正しく並んでいる。
アニ「大佐〜」
アニスの声がしたほうをが向くと、一つの机の中央にアニス、イオン、ティアが朝食をとっている最中だった。
その机を使っている者は他にいない。
護衛の為に、机の両端にはキムラスカ兵が数名いた。
数が少ない。
というのも、アニスやティアのキムラスカへの危険度は、自分の隣にいるマルクトの軍人より、ぐっと下。
導師イオンにあたっては、皆無。
アニスは手を振り、ティアも驚いたように二人を見たあと、イオンと同じように慈悲深いようなジェイドとは全く違う笑みで二人を見直した。
警備にあたっていた兵も驚いたような恐れるような視線を投げた。
そんな視線など余所に、アニスたちと朝食をとることにした。
アニスは、ジェイドがどこにいたのか、何をしていたのかと質問責めだった。
ときおり話の要所要所でティアは顔を赤くし、アニスはにま〜という効果音が似合う笑いをして、を小突く。
には、二人が何故そうするのか、さっぱりだった。
ティアが顔を赤くするのは、室内が暑いのか、それとも慣れない人の視線に恥ずかしがっているのか。
アニスが笑って小突くのは、何なのか、何なのか。
イオンも驚いてを見るときがあるが、大抵は困ったような儚いような笑いをし、アニスとジェイドの会話を楽しそうに聞いていた。
この二日間、アニス達は、大概はイオンの部屋で過ごしたり、許可をもらって城下に行っていた。
一度、ファブレ家の屋敷を訪れたが、白光騎士団に門前払いされてしまったそうだ。
城内は迷いそうなので、下手に歩き回ってないとのこと。
は城の案内をしようかと促したが、皆口々に否定の言葉を表した。
アニスに至っては「お邪魔しちゃ、悪いですからね〜?大佐っ」と付け加えた。
「なんのことですか?アニース」とジェイドもジェイドで分からない口振りをしたが、アニスは懲りずに「またまたぁ」と言い返す。
ちなみに、には、そのやりとりは意味不明だった。
食堂の前で、アニス達と別れた。
「では、昨日行きそびれた図書室に行くか」
ジェ「貴方は、どこか行きたいところはありませんか?」
「私が?」
は、ジェイドを見ていた。
実際には、考え込こみ固まったと言ったほうが正しい。
ジェ「えぇ。私の警備にあたって、行きたくとも行けないところがあるかと思いまして。貴方も、ここには久々に戻っていた事を忘れていました、すみません」
「いや、私のことならば気にするな」
は弾かれたように、ジェイドの非を否定した。
ジェ「気にします」
「・・・?」
ジェ「嫌ですか?」
が不可解な表情になったので、ジェイドは小首を傾げ胡散臭い笑みをにみせた。
「あっいや、違うんだ。何を言ったらよいか分からなくてな。気にする・・・気を、使わせてしまっている、ということか?」
ジェ「まぁ、そんなところです」
「そうか。その・・・・感謝する」
は言葉に迷った。
面喰って、人から気にすると言われたことがなかったからだ。
(そういえば、旅のときも、このマルクトの軍人に言われたな。聞き分けの良い奴は好きだとか・・)
思い出したかのようにジェイドを見上げれば、ついさきほどみせた笑みと変わらない表情だったが、本当に嬉しそうに見えた。
ジェ「どういたしまして。さて、どこに行きましょうか?」
(行きたいところか)
誰かに、どうしたいのか?と聞かれたのはいつだったろうか。
過去に、そんなこともあったような気がするが、覚えていないほど昔のことだ。
自分がどうしたいか・・・・その問いかけには少し驚きならがら、戸惑っていた。
チーグルの森でこのマルクトの軍人達に出会ってからというもの、には驚いたり、分からない感情をもったりと、言葉に迷うことが多かった。
と言うのも、自分に話しかけたり意見を求めたりするという経験が、あまりなかったせいだ。
戦場や、指示、命令などは抜かして。
(何を狼狽えてるんだ、私は。行きたいところ・・・警護がなかったときに、行こうと思ったところ、ということだな)
は、ジェイドに向き直った。
「そうだな。行きたいところはある。だが・・その格好のお前と共にでは、まずいな」
は、ジェイドを上下に見た。
「一度、執務室に行く」
ジェ「えぇ、貴方の好きにしていいですよ」
人々が慌ただしく行き交い、隅のほうで世間話をする女性達。
暇そうに手すりに寄りかかり、辺りを見回す青年。
天空滑車の前に数名のキムラスカ兵。
人々はをちらと見て、ひそひそと聞こえない様に耳打ちし合う。
ジェ「城下に用があるとは・・・しかも軍服まで、念入りですね」
ジェイドは、マルクトの青とも緑ともいえぬ軍服を着ておらず、キムラスカの緋色の軍服を着ていた。
が着用している軍服の肩マントがない型、といった感じのものだ。
「目立つ以外の何ものでもないだろう、マルクトのでは。丁度良いサイズがあって良かった」
ジェ「私としては十分、目立っていると思いますが」
「・・・だがお前が狙われる可能性は格段に下がる」
ジェイドは、眼鏡のフレームに触れ位置を正す。
ジェ「なるほど、そういう事ですか。貴方は、兵だけでなく民間人からも恨まれているような言い方をなさいますね」
ジェイドも気づいていなかったわけではない。
城にいたときに向けられる視線が、自分にだけではないと。
「事実だ。実際、そういった人々のほうが多いと認識している」
ジェ「理解できませんね。マルクトならともかく」
とジェイドは、家並みへと入って行く。
白壁の家が立ち並び、庭に数本の小さな木々が植わっている。
芝生も青々と生い茂っていた。
季節が冬を迎えているせいか、花壇に咲いている花は少なかった。
レンガのような赤茶の石で整備された通りを、二人は歩く。
「かけがえのない存在が亡くなったなか、私が生きているのが許せないのであろう。キムラスカの番犬(ケルベロス)だの英雄だというのに、助けなかった、救わなかった・・・とかな。私が指揮していたとなれば、なおさらのことだ」
ジェ「・・理不尽ですね」
は左に曲がり、ある家の前で止まった。
「だが、亡くなったと言われた驚きと喪失感から素直に認めることができず、自分たちの幸せを奪った者だと思えば・・・」
は、左のポケットに手を入れ、あるものを出した。
手にあるのは、鈍色に光る数個のドックタグ。
は、ドックタグと家の前の表札を見比べ、一つだけ手元に残こし、他のはポケットに戻した。
ジェイドの目が細まる。
ジェ「送るだけでよろしいはずです」
は、ドックタグを丁寧に両手で包んだ。
「救えなかった。誰一人」
ジェ「貴方のせいではありません」
「そうかもしれん、が、そうとも言い切れん」
は、門先でジェイドに待つよう言い、庭の小道を歩いて家の扉をノックをした。
家の奥から「はいはい、ちょっと待ってくださいね」という声が聞こえ、慌てて向かってくる足音がした。
がちゃりと扉を開けた中年で少しふくよかな女性は、の顔とドックタグを見るなり、これ以上目を開けられないぐらい目を開いて、ドックタグを見た。
まるで死神にでも出くわしてしまった、そんな感じだ。
白い腰エプロンをしていた女性は、手で口を覆い、涙を流し、首を横に振る。
何が起きたのか分かってしまったようだが、それを否定する。
「・・・」
は無言で握っていたドックタグを、女性の前に出した。
チャリ
ただいまと言えなくなってしまった変わりに、ドックタグが手の中で鳴ったようだった。
その瞬間、女性は泣き崩れた。
は跪き、女性を見るが、悲しみを耐えているようでもなく、無表情という感じだった。
目の前の、おそらくこの兵の母親は、泣いたまま、弱々しく首を振り受け取ろうとしなかった。
亡くなったことを、認めたことになるからだ。
は、そっと目の前にドックタグを置き、立ち上がった。
女性は弾かれたように、泣き叫んだ。
女性「息子はっ!!いっ一体、どう、やって・・・し、しん・・・・」
「魔物にやられました」
女性は、涙をぼろぼろと流しながらドックタグを見る。
悲しみにくれる女性を目の前に、の無表情は崩れず背を向け、歩き出した。
女性「あっあなたはっ!!貴方は、その時、なにをやってたの!?息子を守って、くださらなかったの!?どーして、どーして、戦争もない、あっ安全だと・・・だ、だから」
「私はその場にいませんでした。駆けつけた時にはもう、死」
女性「嘘だわ!!死んだなんて嘘だわ!!アク、ゼリュスには、いかないと」
「アクゼリュスには行っておりません。亡くなったのは、カイツール軍港です」
言い終えると、は再び背を向け歩み続ける。
ジェイドの横を過ぎ去ると同時に、ジェイドもの後に続いた。
女性はまだ何か言っている、周りの住人達が家から出てきて、女性の家の周りを覗いたり、近所の者は女性を慰めている。
角を曲がり、次に行く家をめざして歩き出した。
ジェイドは、眼鏡の縁に触れる。
ジェ「詳しく言いませんでしたね。いえ、言えなかったのでしたね」
「曖昧に言うしかなかった。司令官に渡すなら、そうしろと言われたのでな。ダアトとの関係にも響かねんことだ」
ジェ「まさか、今まで全てのキムラスカ兵に、渡してきたわけではありませんよね」
「あぁ。私が直接届けるのはごく少数。戦時中、残念ならが全ては無理だ。それも城下に住む、隊長クラスの者に限る。歩兵隊まで手が届かん。今回は一般兵だが、回れぬ人数ではないしな」
ジェ「戦時中にといいますが、貴方なりに多忙だったはずです。それも、まるで恨みを買うような行為を自からしているようにしか見えません」
ジェイドは、抑揚なく言った。
「・・・・・」
突きあたりの角を右に曲がった。
何か赤い実のついた大きな木が、隣の家をはみ出し影を作っていた。
隣同士、塀を通して、その木についてどうするか、預言(スコア)を詠んでもらうかと話していた。
とジェイドは、それを横耳に入れながら過ぎ去っていく。
「ある日、郵便受けにあった封筒の中を開けると、ドックタグだった・・・よりいいと思うがな。知りたいと思うだろう。せめて、どこで亡くなったのか・・・。余計な節介だと言われたこともあるがな」
ジェ「ですが」
ジェイドは、言うのをやめた。
の足が止まったからだ。
ジェイドもと並ぶように、足を止めた。
目の前には、まだ道が続いている。
は右を向いていた。
その先には、白いエプロンドレスを身に付けた若い女性がいた。
庭の草木に水をやっている。
まだ、達には気づいていないようだ。
「ですが・・・なんだ?」
女性の鼻歌が聞こえる。
ジェイドは目を伏せ、ため息をついた。
ジェ「貴方のしていることは、残酷です」
十三件もの家を回りきった頃、空は闇に染まり、銀色の星が点々と姿を見せる。
まだ、西の空は薄紫色だった。
ジェ「大丈夫ですか?」
の額は、少し赤かった。
髪も軍服の首から肩にかけて、湿っていた。
「あぁ。あれはまだマシなほうだ」
ついさっき回ってきた、おそらく父親であろう人から、玄関にあった花瓶を投げつけられたせいだった。
なら避けることも可能だったが、受け止めた。
無言で受け取り扉を閉めた者もいた。
最初の母親のように、が殺したという者もいた。
ジェ「・・・・」
ジェイドは、本日何度めのため息を吐いたのかは、自分でも分からなかった。
「だが、そういう者だけではなかったであろう」
は、ジェイドのため息に、取り繕うったように言った。
ジェ「そうでしたね」
十件目のときにだった。
白髪を綺麗まとめた、おっとりした感じに老婆が出てきた。
夕飯の準備をしていたのか、奥から何かを煮込むような匂いがした。
を見上げ、何度か奥にいるジェイドまで見て、戸惑っていた。
は膝をつき、ドックタグを差し出した。
一瞬で、その場の空気が凍りついた。
老婆は震える手で、壊れものを触るように、包むように、そっと受け取った。
老婆「孫、ですわ。一番上の子で、よく、私に・・・」
静かにドックタグに涙が落ちた。
「・・・」
老婆「この前・・・帰ってきたときは、それは嬉しそうに、私に・・・隊長になったと・・・・・」
チャリチャリと、老婆の震える手のなかでドックタグが音を立てる。
怒りをぶつけられるより、にとって静かに悲しまれるほうがつらかった。
埋葬した場所を告げ、去ろうと立ち上がったときだった。
老婆「貴方をね。尊敬していました」
「・・・・」
は老婆の前で、深く頭を下げ、背を向けて歩き出した。
後ろから嗚咽が聞こえる。
門前で待っていたジェイドと、去るときだった。
老婆「ありがとうございます」
小さな声で、老婆はそう言った。
最後の家に二人は向かう。
家の窓からは光が灯り、道の足元にある譜光も淡く燈る。
人通りの少なくなった道を、は迷うことなく足を進める。
「私のしていることは残酷かもしれん。だがそれでも、ただ亡くなってしまったと思いたくないのだ。一人一人に命の重さがあり、私は少しでもその重さを感じねばならん。決して忘れてしまわぬよう。それに・・・・怒りもブツケどころがあったほうが幾分かマシだろう。王制に響くことも無い」
赤くなった額から血が滲み、は袖口で拭おうとして、ジェイドが白いハンカチをどこからともなく取り出し差しだした。
ジェ「使ってください。あまり、役に立たないと思いますが」
「いや、十分だ」
そう言って足を止めた。
目の前には、家が一軒。
手元には、最後のドックタグ。
決まったように扉をノックし、玄関の譜光に明りが点いた。
扉が開き、室内から光が外に漏れ、そこから若い女性が顔を出す。
と同い年ぐらいに見える。
化粧気のない、とは正反対のか弱く、可愛らしい女性だ。
よりも背の低い。
「あの・・・」
誰もかれもが見せた、困惑顔をしている。
は、最後のドックタグを女性に差し出した。
「!!」
「・・・・」
否定するように、それでも受け取らねばと葛藤するように、ゆっくりと女性は受け取り、ただただ無言で、ドックタグを見つめていた。
「・・・・」
ずっと女性は無言だった、扉も閉めず立ち尽くしている。
は、何も聞かれないと判断し亡くなった場所を言い、門前まで来たときだった。
女性は上靴も履かず、裸足のままのところへ走ってきた。
手に持っているのはドックタグだけ、ポケットにうつるシルエットや反対の手に武器らしきを持っていないか、は用心した。
たまにすこし過激な者がいる。
「お前が殺した!!」といって、家の奥から、包丁や武器になりそうなものをもって襲ってくる。
さすがにも、そのときは避けて武器を破壊し、事を収める。
女性は柵越しから、息を切らして。
「弟なんです、この、貴方が持ってきてくださったのは」
女性は、自分が泣いている事に気付いていないのか、拭おうともせず、言葉を紡ぐ。
「貴方に会えたらって、いつも言ってました。・・あの・・・」
女性はジェイドを見て、再びを見た。
「夫から、マルクトと争い事が多いと話を聞きました。お願です、どうか。・・・戦争なんて起こさないでください」
ドックタグを握ったまま、女性はの手を握った。
「お願いします」
温かい手の感触と、冷たく固いドックタグの感触。
女性とその弟、二人に握られているようだった。
は、きつく目を瞑り
「・・・必ず」
短く返事を返した。
昇降機が城を目指し、上昇する。
家々に灯る譜光が、小さくなっていく。
ジェ「疲れました」
今日一日思っていたことが、漏れてしまったように、ぽつりとジェイドが言った。
「そうか、付き合わせてすまなかった。途中で、帰りたければ言ってほしいと前もって言うべきであったな」
ジェ「違います。疲れたのは・・貴方にですよ」
「私?」
ジェ「貴方を見ていると疲れます」
(??)
ジェイドは、今日一日のことを思い返した。
泣き崩れる母、無言で涙を流す兄、怒りと悲しみをぶつける父、亡くなった者の思い出にふける老女、思いを託す姉・・・・・。
死者への、様々な悲しみ・・・。
ジェ(それでも私は、その感情が理解できませんでしたね)
ジェイドは、昇りつづける昇降機から城下を見た。
点々と灯る譜光が、星のようだった。
上も下も同じ情景。
自分の居場所を見失いそうに
「着いたぞ」
星か譜光か、どちらにせよ、ジェイドの視界はに移った。
すでに昇降機から降りたは、ジェイドを待っていた。
「降りないのか?」
ジェ「いいえ、降りますよ」
傍らに居る彼女の存在にひどく安堵したのは、この見慣れない景色のせいにした。
【キムラスカ城】
「さて、客室に・・・おいっ、そっちは逆方向だぞ!!」
ジェ「何を言っているんですか?こっちで合っていますよ」
「いや、お前の客室は」
ジェ「貴方の執務室はこっちです。さっ、行きましょう」
を置いて、ジェイドはさっさと歩き出した。
慌てて後を追う。
「客室に戻る気になったのではないのか!?」
ジェ「おや、誰もそのようなこと言っていませんよ?昨晩は、こちらの客室がどのようなものか興味があっただけです。それに、貴方のほうが寝心地が良かったですからね」
話の後半を耳にした、間の良いのか悪いのか分からない、通りすがりの兵士が、ぎょっとした目で二人を見た。
「寝心地?あっあぁ、ベッドのことか。そんなもの大して変りはせんぞ!」
ジェ「いえいえー。ぜーんぜん違いますよ。なんでしたら、寝てみますか?ご一緒に」
「ならん!!私はお前を守らなくてはならない!!」
キムラスカ城 滞在4日目
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