【キムラスカ城滞在:4日目】

ジェ「貴方の、そんな深刻そうな顔は初めて見ました」

は執務室のソファに座り、長机に広げた大きな紙を食い入るように見ている。
その顔は、真っ青だ。

執務机には、書類の山。
サインや印が押され、処理済ということが分かる。

「一大事だ」
は、紙の上に赤く印をつけた。







【数十分前のこと】

深夜と早朝の境。
空を覆う闇が、しぶしぶと淡いベールを広げはじめた。

小鳥が草木を起こすように羽ばたき、囀りは朝を告げる。
そんな情景など、知る芳(よし)もない執務室。

執務机の上には、決着をつけた書類。
は、寝室の扉近くに椅子を移動させ、キムラスカ軍の現状が記された資料に目を通しつつ、警備にあたっていた時のことだった。

「ーーーーーー!!」
(!!)

甲高い叫び声。

バン
ガシャーーン

は、寝室の扉を開け、ガラス窓を突き破り落下。
下のテラスの柵に手をかけ

ガシャーン

再びガラス窓を破り、侵入。
カシャリ、カシャリとガラスの破片が落ちる。

そこは、ナタリアの部屋。
部屋の隅でナタリアは震えていた。

「ナタリア殿下!」
は駆け出す。

ナタ「!!」
目に大粒の涙をためるナタリア。

「ナタリア殿下!!」
ナタ「ねずみですわ!!

は、顔を真っ青にして驚愕する。
(なんということだ)






【そして今】
「ありえん、ねずみが城内に入るなど。それもナタリア殿下の部屋に」
ジェ「・・・」

ジェイドの視線は、から寝室へ。
出て行く方法も方法だが、戻り方も戻り方である。

ガッ!!

天井から降ってきた。
寝室の窓から出て行き、執務室の通気孔から戻ってきた。


ジェイドは、いつだったか、自分の執務室に落ちてきたピオニーのことを思い出す。
通気孔から脱走を図ろうとしたピオニーが、誤ってジェイドの執務室に落ちてきてしまったのだ。

その後、ピオニーの部屋の通気孔は、全てジェイドの執務室に繋がるよう設計しなおされた。
いい迷惑である。


は、幾分苛立ちながら、赤ペンを走らせる。
赤く印をつけている大きな紙は、城の見取り図だった。

「殿下には別室でご生活をなさって頂く間、侵入経路を見つけねば」
ねずみの。

ジェ「少々、神経質ではありませんか?たかが」
ねずみ。

「いいか?ねずみだぞ?ねずみ!!」
されど、ねずみ。

「あれは、モグラほどの大きさだった」
でかすぎ。

「この都市の造りを知っているだろう!?地上からここまで上がってくるとは・・・。ねずみとは言え、譜爆機でも施されていたら・・・・」
ぶつぶつとは、独り言を言い始めた。

譜爆機とは、ある条件を満たすと爆発する譜業。
条件といっても、時間指定や人が触れたらなど様々だ。

複雑な条件であるほど、譜が施しにくく、失敗する。
失敗すると、想像できるかもしれないが、その場で爆発する。

鉱山などで、よく用いられる譜業である。
ジェ「ねずみに譜爆機・・・。なるほど、あなたと平原地区の敗因とも言えるあの爆破は、譜爆機だったんですね」

「馬に、悪いと思ったやつか」
ジェ「馬に乗せていた鎧は空。貴方の思惑通り、騙されてしまいましたよ」

「・・・それにも、ある譜業を施させた」
ジェ「指揮官が貴方だと、色々と勉強になりました」

「苦戦すると、いつもお前の二つ名を耳にした」
ジェ「おや、後からですか?」

「指揮官が誰であろうと、敵は敵だ」
ジェ「・・そうですね」

「言っておくが、今はそう思ってはいない。私は、戦争などしたくないからな」

戦争

その言葉を耳にすれば、誰しもが彼女を思い浮かべ。
交戦時代に最も名を馳せ、功績を掲げた者が、そう言う。

ジェ「私も・・諍いごとは好きではありませんよ」









【城内】
早々に、ねずみの侵入経路が判明した。
ジェイドが要点を絞ってくれたおかげで、早く見つけることができた。

そこへ、ねずみ騒動を聞きつけた右大臣がやってきた。
侵入経路の事を伝えると、あとは自分がすると言い見取り図を奪い取って、去っていった。

ジェ「美味しいところを、もっていかれましたね」
ジェイドは、さらりと茶化すように口にした。

「いつものことだ」
意を察したが、当たり前のように返した。

はジェイドを図書室への案内をする。
アニス達も誘うかと雑談をしながら、広間を移動しているときだった。

(あれは・・)
ヴァンがいた。

城の出入り口で、神妙な面持ちで誰かと話している。
背格好からするにアルバイン内務大臣だろう。

の視線に気がつき、ヴァンは顔を上げた。
少し驚いたように二人を見たが、普段ルークに見せる優しげな笑みになり会釈をしてきた。

も軽く頭を下げ、ジェイドは目元だけ緩め、二人はその場を後にした。
ジェ「謡将に、警備兵など必要でしょうか」

ヴァンの近くに、キムラスカ兵が二人いた。
「アルバイン内務大臣にだろう」

(警備兵では無い、あれは・・・)
拷問部の長ボルドーの部下達だ。

いきなり拷問ということはないが、尋問、牢行きは間違いない。
(何故、ヴァンが・・)

追及は出来ない。
は、右側にいるジェイドを軽く見上げた。

護衛の命がある。
これ以上、私事(わたくしごと)で振り回すわけにはいかない。

昨日は丸一日、今日は早朝から今まで、私用優先で行動させてもらっている。
は前を向く。

一国の陛下の名代ともなれば、もっと我儘を言って、面倒ごとが増えてもおかしくない。
横柄な態度をとり、権力を振りかざし、無理難題を押し付け、周りがご機嫌取りに優越感に浸り・・・。

ジェ「どうしました?」
自分を見上げ、何も言わなかったの口元がふと緩んだのを、ジェイドは見逃さなかった。

「いや」
目の前には、赤い絨毯が続く。

「お前が・・・名代で良かったと思ってな」






【夜】
図書室から帰ってくると、決着をつけた書類の山は消え、執務机では収まりきれない新たな紙の山脈が、長机に置かれていた。

書類の内容は、ここ三年分の軍事態勢、人員、マルクトとの戦闘詳報など。
ケセドニアとシェリダンの物価相場、軍費、譜業開発費の提案などなど。

第五師団〜第八師団の少将への指示、第四師団の追加訓練等。
闘技場と娼婦館街の経営、管理状況の報告、視察願いetc。

明日までに終わらせねば、はそう思った。



ボーン

時計の音が、十回鳴り響く。

ジェイドが、寝室の扉に手をかけたときだった。
「明日の九時、謁見の間に来るよう、内務大臣から通達があった」

執務机で塔のような書類と格闘しているは、そう言った。
振り向くと、手に持っている書類は、一見白紙だが、長方形型の眼鏡越しからフォニック文字が見えた。

ジェ「そうですか」
「・・・決議の結果が良いものでなかった場合の策は、何か練っているのか?」

ジェ「知りたいですか?」
「三つ四つぐらいは、何かしていると思っている」

静寂

ジェ「七つ」
は振り向き、細い銀縁の眼鏡越しからジェイドを見た。

ジェイドは楽しそうに、目を細めていた。
縁に譜光が反射し、ジェイドの赤い瞳が怪しく光ったように見えた。

ジェ「七つです」

バタリと扉が閉まった。
その扉を、は無言で見つめる。






数時間後。
修復された寝室のガラスに月明かりが差し込み、窓ガラスの形がくっきりと床に写っていた。
そこに影が一つ。

ベッドの近くにある小さな棚の上には、ジェイドの眼鏡が置かれている。
ベッドでは、ジェイドが規則正しい寝息を立てている。

その少し離れた場所から、はジェイドを見ていた。
(・・・・・)

事の次第によっては、ナタリア殿下を、キムラスカを危機にさらす存在。
もしやマルクトは、それを承知の上で、この軍人を名代として選んだのか。


(ジェ『七つ』)


の手がゆっくりとあがり、ジェイドに、一歩、近づく。
月明かりのせいか、その行いはどこか儀式のようにもみえる。

ジェイドの目は開かず、譜も発動しない。
一歩。

(・・・・・・)
(『護衛を任命する』)

また一歩。
(ジェ『七つです』)


の手が・・・・
ジェイドは目覚めない。

(『陛下直々の命だ』)
(『七つです』)



きつく握られた。
自分がしようとしたことを、押えるように。


「私を・・・・あまり信用するな」
消え去りそうな声でそう言葉にすると、音も無く寝室を出て行った。








右手の槍を、ジェイドは消した。








本編 gate20:承諾

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