【再来、かすが】
雨が降る。
霧雨だ。
は、敵を押し倒しその上に乗る。
相手は動きもせず、反撃もしない。
蛟で十字の型をつくり地面に向けていたからだ。
刃と刃の間に、敵の首がある。
が左右に手を動かせば、その首がとばすことができる。
ぽたりぽたりと、水分を含んだの藍色の髪から水滴が、敵の顔に落ちる。
「伊達様から、倒せとの命・・・・」
藤の香りがする。
藤の薄紫色が霧雨と交わり、神聖な儀式が行われるような光景に見える。
「ごめん・・・な、さい、かすが」
に押し倒されたのはかすが。
(伊達「暗殺に失敗したってー忍び、倒してきな。奥州の忍が、上杉の忍んとこより弱くねーってこと、俺に証明してみろ。いいな?」)
淡い金色の、細く長い髪が地面を這い、薄紫色の花びらが二人を囲う。
かす「里を抜けたのか・・・・」
は無言で頷く。
唇を噛締め、今にも泣きそうだ。
かす「目的は私だけか。・・・ならば、謙信様には手を出すな!」
の表情と相反するように、かすがは睨む。
「うん」
消え去るような声では言った。
??「そうはいきません。つるぎ」
かす(!!)
(!?)
かすがとは、目の前にある館作りに目線を向けた。
そこにいたのは。
かす「謙信様!!!」
謙信「わたくしがおあいてをしましょう。つるぎからはなれなさい」
かす「おやめください!!謙信様!!!」
「その申し出、受け取れません」
謙信(?)
「私の目的は、かすがを倒すこと。・・・・貴方様と刀を交えることではありません。伊達様の意に反します」
慈悲深き謙信の目に、鋭く冷ややかな光が宿る。
謙信「わたくしも、つるぎがなくなるのを、おとなしくみているわけにはいきません」
謙信は細身の長刀を握り、構える。
かす「謙信様!!」
「誰が、かすがを殺すのですか?」
はらりと藤の花弁が落ちる。
かす「お前だろっ!!!!」
かすがの端正な顔立ちが、鬼神のごとくに向かって怒鳴る。
「かすが、怖いです」
かす「お前が、そうさせてるんだろっ!!」
謙信「わたくしのつるぎを、あやめるわけでは、ないのですね」
謙信は柄を持ったまま、に言う。
「伊達様からは《倒せ》との命を受けましたが、《殺せ》とはおっしゃられておりません」
かす「そんなものは、理屈だっ!」
は首を横にふる。
「理屈じゃないです、かすが。伊達様がこんな風に《倒せ》と、実際にご自分で行われたんです」
(政宗「いいか?・・倒すだ。こんな、風にな」)
政宗はに伸し掛かり、六爪を畳に突き刺す。
刀と刀の間にはの首や腕があった。
そのあと、片倉様に怒られた。
(小十「畳に穴がっ!!春(卯月)に替えたばかりだというのに!!!政宗様っ、手合わせなさるなら、外で行って
ください!!、政宗様の間違いを正すってことも、守るに入るのだぞ!!)
余談:現在は皐月である(藤の花が咲いているので)
片倉様はじめは怖い印象があったが、今では。
おかん。
叱られるとか、今までなかったせいかもしれない。ただ叱るだけではなく、そこには安否を気遣う、慈愛が。
性別が違う。
謙信「では、つるぎから、そのは(刃)をおさげなさい。《たおした》のならば、もうひつようはないでしょう」
「・・・・かすが、どけたら、自分を殺しますか?」
かす「お前はもう追い忍ではない。だが、謙信様の敵であることには変わりない」
「かすがの守りたい方もかすがも、誰も殺さない」
謙信「・・・つるぎ」
かす「だが、お前は嘘つかない。いや、嘘をついてもすぐに顔に出る」
かすがは目を伏せ、艶やかに笑う。
「・・・ありがとう、かすが」
は、蛟を退けた。
館の縁側で、かすがとは立つ。
「・・・・・・だから、里を抜けた」
そして、里を抜け、奥州にいることをかすがに話した。
「やっぱり、殺しますか?」
蛟のことも話した。
甲斐の忍のことは伏せた。
かす「私と里は、もう関係ない。それに、そんなこじ付けた話など私は信じない。私が信じるのは謙信様、ただお一人!!」
「ありがとう、かすが。・・・・あのね、あと。ここにきたのは、かすがを倒すためだけじゃないんだ」
かすがが、一瞬にして身構える。
「あっ・・大丈夫。その、ただ、かすがに聞きたい、ことがあっただけで。もう、血なまぐさい話はしないです」
オロオロと焦ったようには、両手を挙げて否定する。
かすがは、疑問を抱きながらもクナイを収めた。
「・・・かすがが、里を抜けた理由って・・・・さきの方に一目で惚れたからって知ったんですが、それは、本当ですか?」
かすがの顔が一気に赤くなった。
かす「なっ!!ななななななな」
動揺。
それもそのはず。
後ろの障子を隔てた部屋に謙信がいるからだ。
「かすが。本当に・・・・・本当に一目で惚れたからですよね」
は泣きそうに頼りない表情で言い、かすがの両腕を掴む。
かす(?)
かす「?」
は下を向く。
「私が・・・私が嫌で、付き纏われたくなったから、里を抜けたんじゃ・・ないんですよね」
かす(!!!)
かす「誰がっ!!そんなことをっ!?」
「里長(さとおさ)が・・・かすがの任をもらうときに、言った。お前に付きまとわれるのが、嫌で嫌で・・・いい加減、仕方がいない。だから、里を抜けた、お前のせいで・・・・・・今まで、勝手に、自分はかすがと・・・仲がいい、なんて・・・勘違いにも、ほど、が・・あったって」
追い忍による、里長への虚言。
それは、佐助だけではない。
にも、与えられたものだった。
「本当は、あの時・・・聞こうとしたんだ。だけど・・・。かすがの顔見たら、それでも里に戻って来てほしくて・・・。でも・・・でも、そうじゃないん・・です、よね?」
眉尻を下げ、はかすがを見上げる。
かす「当たり前だっ!!!里を抜けることを、お前にだけは伝えておけば良かったと思ったぐらいだっ!!だが、下手に伝えればお前まで里抜けの疑いが、かけられると思ってやめたんだっ!!私はっ、お前を一度も嫌だと思ったことはない!!」
きっぱりとかすがは一息で言った。
は、泣きそうになりながらも笑う。
「良かった・・・。奥州にいても、ずっと・・・それが、気になってた。どちらの結果が、待っていたとしても・・・かすが本人から聞きたかった。ありがとう」
かす「・・・・・」
にっこりとは笑う。
「うん。何?」
その声は、抑えるように震えている声だった。
かすがは、の両肩を掴みの顔を覗き込む。
かす「今なら、泣いてもいいぞ」
は目を見開き、かすがを見た。
「何、言ってるん、ですか?」
かす「無理に笑うな。見ているほうがつらい」
「・・・・涙は、弱さを見せ甘えになるからって、かすがが教えてくれた。私は、ただでさえ・・弱いし」
片倉様にも、最初に頼りない目といわれたぐらいだ。
かすが、優しく笑む。
かす「今まで、ずっと我慢してきだんだろう?・・つらかったな」
かすがはそっとを包み込むように抱きこんだ。
「かすが・・・・」
かす「私の胸を貸してやる。だが・・・これが最後だ」
「・・・・・・・うっ・・・かすが・・・かすが、ごめん。・・・・ありが、と・・・っ」
は声を殺し、目から大粒の雫を落とす。
かす「お前は、昔から変わらないな。泣き虫で、嘘が下手で、頼りなくて・・・」
「う"ん・・・・」
かす「強くなれ、」
「・・・うん」
藤色の霧雨のなか、淡い金色と濡れる藍色が寄り添い、咲き誇る。
謙信「うつくしい・・・・」
雨が止む。
だが、山の頂上にある館は霧がおおう。
ザッ
は階段の手前に立つ。
館の廊下では、かすがと謙信が立つ。
は振り返り、頭をかく。
「えっと・・・里抜け同士で、敵ってことには変わりないけど・・・伊達様からの命がなかったら、遊びに来てもいい、かな?」
かす「だめだ!!合戦の場で合間見えたとき、情が」
謙信「よいでしょう」
かす「謙信様っ!!」
謙信はにっこりとかすがに笑みを向ける。
謙信「つるぎも、あのしのびといるときはたのしそうです」
かすがは頬を赤らめる。
「ありがとうございます。またね、かすが」
かす「!!」
かすがが呼び止める前に、は姿を消した。
かす「・・・・」
かすがは嬉しそうに笑う。
かす(いつもの、あいつに戻ったな。あの笑顔が、私は好きだ)
謙信はそのかすがをじっと見ていた。
謙信「つるぎ・・・」
かすがは、謙信のほうを見上げる。
かす「はい、謙信様」
謙信「わたくしも、なみだをながすときは、つるぎのむねをかりてもいいですか?」
かす「けっ謙信様!!」
かすがは顔を赤らめ。
謙信は慈悲深く笑むばかり。
【奥州へ帰った】
夜。
蝋燭が灯り、部屋に淡く光る。
かすがを倒したとの報告を終え、畳の部屋にいる、と政宗。
政宗は胡坐をかき、自分の膝に肘をつき、手を口に当てる。
は、膝を折り下を向く。
政宗「おめぇ、泣いたな?」
どぐさぁぁ
見えない刀がを突き刺す。
「いえ、そのようなことは」
政宗「目ぇ・・・あけぇぞ」
どどどどどぐさぁぁぁ
それも、六爪でだ。
「こっこれは、かすがとの戦いで、目を閉じる暇がなく、できたものです」
政宗「で・・なんで、泣いたんだ?」
なんとか、話を逸らさなくては。
「春日山では、霧雨でしたが、こちらは雨は」
政宗「奥州にいるのが、イヤか?・・・それとも・・・俺がぁ」
「違います!!泣いたのはっ!!」
は下げていた頭(こうべ)をあげ、にやりと政宗は笑う。
政宗「泣いたのは?」
(謀られたあぁぁぁっっっっ!!)
さあ、もう逃げ場なんてねぇぞ、と政宗の目が言う。
「あの、不甲斐無き話ですが・・・色々、我慢、していたものが、溢れてしまったと、いいますか・・・」
情けない。
仕える君主を目の前に、弱さを見せている。
は、かすがに話したことを話した。
「申し訳ございません」
は頭を下げた。
かりかりと政宗は後頭部をかく。
政宗「謝るこったーねぇだろ。泣かねぇ人間なんて、いねぇからな」
(!)
てっきり・・・。
(政宗「おらぁ、メソメソ、メソメソ、泣いてんじゃねー!!それでも、奥州の忍かぁ!!いっぺん、男磨きなおしてこいやぁ!!!」)
と言われて、蹴り飛ばされるかと思った。
注:の性別は女子(おなご)です。
「以後、泣くなど、女々しいことは致しません」
政宗「そうだな。伊達のやつらに、笑われちまうぜ。とくに、小十郎が黙っちゃいなさそーだ」
「はい」
政宗「だがよっ・・・・どーしようもねぇってときは」
政宗は、の目の前に座る。
政宗「俺んとこで、泣きな」
弱いところもひっくるめて、お前を受け止めてやる。
で、その弱さを糧に強くしてやる。
「だっ伊達様、それは仕える立場として、あるまじきことです」
は下を向いたままだ。
政宗「いぃいから、いいから。ここは、YESって言っとくもんだぜ」
(自分などに、なっともったいなき・・)
(!!)
は、がばりと顔をあげる。
「分かりました!!!では、自分も、伊達様がお泣きになりたくなったときは、自分のむねをおかし致します!!」
これでお互い様になるとは、嬉しそうに笑って言う。
政宗は、目を見開いたが、すぐに元の眼光に戻り、ふと鼻で笑う。
政宗「そうかい。そいつはぁ、ありがてーな。まぁ・・・もしもんときはぁ、頼むぜ」
ぽんとの頭に手をおく。
「お任せください!!」
は、どんと自分の胸を叩く。
(・・・・そもそも、伊達様がお泣きになることなんて、なさそうだな)
自分で提案しておいてなんだが、もっと別のことにしておけばよかったかもしれない。
(いやっ!一度言ったことは曲げない!!それが、男ってもんだっ!!)
注:は女子(おなご)です。
政宗「じゃっ、一杯やるかっ」
政宗は、にっと歯を見せて笑み。
「はいっ、では、準備致します!」
海月も、無邪気に笑む。
【同時刻、かすが】
謙信の館の屋根。
瓦の上に立つかすが。
そこに、一枚の文。
かす「・・・・・フンッ」
その文を、ビリビリと細かく裂き、風に乗せて捨てる。
千切れゆく文の文字には。
[] [暗] [殺]
を殺せば、里抜けを許すといった内容だった。
??「あっれれ〜。せっかくの里抜け免除の任だったのにぃ」
かす「お前か。何の用だ、佐助」
かすがから少し離れた場所に立つ、佐助。
佐助「んっ?一緒に、殺さない?って誘いに来たんだけど、誘う前に断られちゃったみたいだね」
にこっと笑みながら佐助は言う。
かすがは、訝しげに眉を潜める。
かす「お前、本気か?本気で、を殺す気なのか?」
佐助「あったりまえでしょー。任務放棄はっ、里抜けと同じ行為。だいたい、は里を抜けた抜け忍なんだし、裏切りもいいとこだよねぇ。忍が唯一いなかった奥州だったのに、下手に屋根裏とか忍び込めなくなるし、俺様の部下追い返されるし」
かす「抜け忍というならば、私もそうだっ!!お前は、何故、私を殺そうとしないっ!!」
佐助「そんなのきまってるじゃなーい。だって俺様、かすがのこと好きなんだもん」
かすがは佐助のほうを振り返りざまに、佐助の足元にクナイを投げ飛ばす。
ガガッ
かす「私の全ては、謙信様のものだっ!!!」
佐助の笑顔がそのままだった。
佐助「知ってるよ。でも、いいじゃない。想うの自由でしょ?」
かす「のことは・・・嫌いだということか?里では、私と同様仲が良かった!!違うか、佐助っ!!」
佐助は目をすっと目を開く。
佐助「だって、むかつかない?」
かす(?)
佐助「里を抜けたってことより、奥州にいるってことがさぁ。・・かすがみたいに、一目惚れってわけじゃないらしいけど。そのうち、そーなりそうじゃない?・・・・・独眼竜とね」
佐助の周りに殺気が取り囲んだ。
かす「佐助・・・お前」
にこっといつもの笑みに戻る佐助。
佐助「まっ、は俺一人で討つよ。またね、かすが」
佐助は手を振り、姿を消した。
かす「・・・・気づいていないのか・・・・お前は・・・」
かす(お前が、好きなのは・・・・・)
第一章 四の卷 〜気づけ、己が本心(前編)〜
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