【第一章:四の卷 〜気づけ己(おの)が本心(前編)〜】


濃き紫の露草、堀の立ち並びし上田城。
水気多く長き葉と葉脈、己が姿を隠すよう影を落とし。

その色、深さを増す。
己が姿を・・・・・隠すように。









ガラガラと音をたて石壁が崩れた。
上田城の前、開けたところ中央より、ひらりと降り立つ影が一つ。

長い赤茶の髪、額には鉄鋼を宛て、鶯緑(おうりょく)の迷彩柄を身に纏い、大型の手裏剣を両手に持つ。
石垣が崩れたのは、佐助がを蹴り飛ばしたせいだ。

石壁が崩れるほどの、容赦のない蹴りだった。
崩れた石壁の石粉が舞い立つ隙間から、の藍色の髪が目に入る。


佐助「そんなんで、よく奥州を守るーとかって大口叩けもんだよね」


返事は返ってこない。
動く気配すら感じられない。


佐助「・・・・・」






暗殺の任を受けたのは佐助。
本来なら、佐助が奥州に向かいを討つはずである。


ではなぜ、が上田城にいるか。
単純な話、が・・・佐助のもとに来たのだ。


は最初に真田幸村に会った。
幸村本人、最初にを見入ったとき驚きはしたが、前に手合わせの約束をしたので、わざわざ向こうから来たのかと思い・・・。

(幸村「足をお運び申し、かたじけのう・・・」)
と腰ごと頭を下げた瞬間、は幸村の首後ろに手刀を入れ、気絶させた。

「・・・ごめんなさい」)
ぐらりと頭から地面に落ちそうになった幸村を支え、上田城入口付近へとそっと置き



ガギイィイイン



後ろから飛んできた手裏剣を蛟で弾き返した。
(佐助「まさかあんたから来るなんて、さすがの俺様も予想しなかったぜ。・・旦那から離れな。用があるのは俺様、でしょ?」)


は幸村から離れ、ゆっくりと佐助の元へ向かう。
「・・・・・」)

は、口を軽く開き何も言わずに閉じた。
軽く眉を寄せ、敵である佐助から目線を時折、逸らす。

何かに迷っている。

その僅かな動きで、佐助はの迷いを読み取る。
佐助は両手に持つ手裏剣を回転させながら、戦闘態勢をとり、醒めた目でを見た。

(佐助「あんたさ、馬鹿でしょ?」)
(!))

そう言われると覚悟していただったが・・・。
面と向かって言われると、はやり心痛むものがあった。

(佐助「・・・・抜け忍が追い忍のとこにくるなんて話、俺様聞いたことないよ。殺してくださいーって言ってるようなもんじゃない。・・あぁ、それとも自分じゃ勝てないと思って、わざわざ殺されにきたの?ご苦労様ッ」)
佐助はにっこりと笑った。

「違います」)
弱々しくは答えた。

佐助の手元で回転していた手裏剣が、ぴたりと止る。
笑顔も消えていた。

は蛟を強く握り締め、佐助を睨むが、瞳にはどうしても頼りなさが残っている。
何もしていないのに弱い者いじめをしているような気分だと、佐助は思った。

「こちらから来てしまえば。いつ来るか分からない・・敵に、気を張り詰め日々を過ごすより・・・いいと思ったからです」)
(佐助「ふ〜ん。それって・・・俺様を殺すってことだよね。今のあんたじゃ、無理」)

「私はっ!私は奥州の方々を守り、奥州のため・・伊達様のために死にたい。貴方に、里に殺されるわけにはいなかいんです!」)

(佐助「あんたが奥州を守りたいって思うように・・・俺様にだって、守りたいもんはある」)
佐助は上田城の門前で気絶している幸村をちらと見て、苦笑する。

(佐助「結構、気に入ってるんだよね〜ここ。だから、はいそうですかって、殺されるわけにはいかないんだ」)
佐助は幸村から目線を外し、に殺気を飛ばした。

はその殺気に狼狽え怯みもしなかった。
一度深く目を閉じ、覚悟を決めたように佐助を真っ直ぐと見た。

「・・・前に、貴方に信じてほしいと言いました。・・・けれどあれは、間違いでした」)
佐助は眉を顰(ひそ)めた。

(佐助「何?今頃、嘘でしたーって認めたって、俺様は許」)
「貴方の立場は変わりません」)

(佐助(!))
「私を信じたところで、暗殺の命(めい)は消えない。任務放棄は里抜けと同じ・・・私のために貴方が、そんなことはしない。かすがが里に戻ると同じぐらい、ありえないことです」)

最後の部分は自分で言って、悲しくなってきた。
「そして、腑に落ちない点があるんです」)

ピクリと佐助の眉が動く。
「貴方は・・」)

(佐助「あんたに教えることなんて、一つもないね。まぁ〜、俺様を追い詰めたら考えな」)
は姿を消し・・・


ドガァアッ


佐助の前に現れ、不意に撃とうとしたが、逆に返り討ちに合った。
佐助の蹴りがの鳩尾に入り、石垣までは吹き飛ばされた。






そして今・・・。
石垣による砂埃はなくなったが。


佐助「・・・・・」
は倒れたまま動かない。

気を失ってしまったのだろうか・・・。
無言だった佐助は、に聞こえるように言った。

佐助「ねぇ、あんたの暗殺がすんだら、ついでに独眼竜も殺っちゃおっか・・・。あんたの死体でも放り出せば、隙ができ・・・」

にっこりと笑っていた佐助の言葉が止まった。
じっとりと湿気のある、纏わりつくような暑さの中。

不自然な冷たい風が、頬に触れた。

石垣が軽いパキパキとした音を立て、 石粉が霧へと変わる。
崩れた石垣が冷気を帯び、周囲が氷づき、季節外れの情景を作り出した。

石のぶつかり合う鈍い音、石垣の中央よりが姿を現した。
その表情に、頼りないといわれた面影はない。

一歩。

が歩むと、足下から地面が氷りづく。
の殺気に蛟が呼応している。

佐助「・・・初めからそうこなくっちゃ、俺様は殺れないよ?」
「伊達様は・・・・」

ビリビリと突き刺さる殺気を、佐助は肌で感じた。

草木はざわめき、木々にいた鳥たちは危険を察知して飛び立つ。
張り詰めた空気、互いに目を逸らさず。

一触即発だった。
佐助「・・・かすがってさぁ。強いけど忍には、ちょ〜っと不向きだよねぇ」

佐助は今の状況と、何の関係もないことを言い始めた。
かすがを話題にだすことで、隙を狙うつもりなのだろうか。

佐助「感情的で根が優しいから、誰か殺しちゃう度に自分追い詰めちゃってさ・・・まぁ、そんなとこもいいんだけどねー」
惚気だ。

佐助「だからかすがは殺気っていうより、覇気に近いから・・その点も忍に不向きかな」
佐助の目に優しさが宿ったかと思えば・・。


ザリ


一歩踏み出し、冷淡にを見る。

佐助「あんたは、隙だらけで感情的。どっか抜けてて頼りなくて、いつまでもくよくよ悩んで沈みっぱなしで、ちょー忍に不向き」
言いたい放題だ。

佐助「かと思えば、ちゃっかり抜け目がないっていうか、虚をつくってことを知ってる。そりゃー沈むは沈むけど・・・どっかで割り切ってる。俺様、すっかり騙されてたよ。・・・それにその殺気」


口元を薄く緩め、佐助は抑えていた殺気をに向ける。
蛟同様、大型の手裏剣が佐助に呼応するように、闇色を発し出した。

佐助「忍に最適♪」

刹那、二人の姿は消し



ギイィン


薄暗い浅葱色と


ギイィン


闇色の火花が飛び交う。


の冷たく鋭利な殺気に、佐助は高揚する。
佐助「あんたの殺気さ。俺様・・」

は聞く耳を持たず。
蛟から氷が発せられ、佐助の手裏剣をも巻き込み、動きを止めようとするが。

佐助は直ぐにそれに勘づき、から離れる。
その後をが追い、刃先を佐助の首に


ガッ


向かうのを、佐助は手裏剣でとめたが、そのまま蛟の餌食となり
佐助「嫌いじゃーないよ。むしろ・・」

はもう片方の蛟で、佐助の脇腹に向けて下斜めから突き刺そうとしたが


ギイイイィッ


佐助も、もう片方の手裏剣で蛟の起動をずらすと、の体勢がやや後ろへと下がった。
その隙に佐助は、蛟の氷で止められた手裏剣を、蛟ごと地面へと振り下ろした。

氷と石床が破壊され、破壊された衝撃で氷礫が飛ぶ。
の体勢は崩れ、佐助は飛躍しての後ろに着地する前に、に耳打ちをした。


佐助「ぞくぞくする」





・・・・・・・・・










攻防戦が続いた。
城の石塀は処々に破壊され、地面には血痕・・どちらのものか判別できない。


佐助とは向き合う、互いの攻撃範囲外に。


カラン


金属音


佐助「・・・・・」
佐助はその金属にふと目を向け、一瞬笑みを消す。


佐助「あんたで二人目だよ。・・・俺様の額宛飛ばしたのは」
笑みを見せたが余裕、というわけではない。

佐助もギリギリの状態だった。
肩があがる息をしているが、迷彩柄の服がすっぽりと肩を隠しているため、は気づいていない。

の手には一刀の蛟。
もう一刀は、さきの攻防戦で佐助に飛ばされてしまい、今は佐助の足元に落ちていた。

ガッ

佐助は、その蛟を遠くへ蹴り飛ばした。

佐助「・・・あんたの蛟はさ。・・動きを、鈍らす特性があるけど・・・俺様のこれにも、特性があるんだ、よねぇ」
息が荒い、額から汗が流れ落ちる。

佐助は自分の傷口を指した。
佐助「あんたが、俺様につけた傷・・・血が、とまって、るでしょ?・・・だけど、あんたは」

(!)
突然、の意志を無視するかのように、がくりと膝が折れ、地に着く。

佐助「体力の消耗・・あんたが思ってるよりも、激しい・・・・俺様とは・・反対にね」
相手の生命力を奪い、自らに癒す。

は一刀の蛟を地に突き刺して、自らを支え、立ち上がる。
「なら、一撃で仕留めるまでです」

佐助「できるかなぁ?」
「やります」

佐助「そう・・・だったら」
佐助から笑みが消え、ひどく落ち着ついた空気へと変わる。


佐助「さすがの猿飛佐助も、ここは本気でいかせてもらうぜ」


佐助の背後から3つの黒い分身が現れ、に向けて飛躍。
「・・・・・」

疲労が激しい。
分身と佐助の姿が霞み揺ぐ、その姿をきちんと捉えることできない。

(刺し違えてでも・・・)

は一刀の蛟を握り締め、刃の周りに氷が覆った。
佐助と黒き分身、手裏剣を構え、回転し





ドガアァッ





二つの力がぶつかった。
その衝撃波で、辺りのものは高らかと宙に上がる。



佐助「・・・・・」
「・・・・・」


武器が空を舞い

ガラン
ガシャッ

地へと落ちた。
手裏剣だ・・・・。

佐助は地面へと倒れ、その上にが乗りかかっている。
蛟は佐助の・・・・。


佐助「どーしたの?致命傷負わせないと、追い詰めたにはならないんじゃない?」
顔の横ギリギリの位置に突き刺さっていた。

「あなたこそ・・・この手は・・・」
佐助の武器は吹き飛ばされたが、手甲で蛟の軌道をずらすか、体術でに反撃が出来たはずだ。


だが佐助は・・・・・。


佐助「さぁ、何でだろーねぇ」
の左頬を触り、親指は縦傷に触れていた。

の額から血が流れ、佐助の額へと落ちた。
佐助「あ〜ぁ、また・・・傷つけちゃったね」

佐助は僅かに目を細め、を見つめる。
殺気はない・・・双方とも。

佐助はの縦傷を撫ぜる。
佐助「この傷さぁ・・・付けたとき。心臓、止まっちゃうかと思ったよ」

「あれは、自分が・・」
佐助「俺様のせいだよ」

あれは・・・まだ、かすがが里を抜ける前のことだ・・・。
「話しを逸らさないでください。今は、もうどーでもいいことです」

関係のないことを言い出して、話しを逸らそうとする。
いつものことだ。

佐助が何を考えているのか読み取れないと、は胸中で思い、気を張り詰める。
いつ佐助が反撃してきても、止められるように。

佐助「そうだったねぇ。俺様に聞きたいことがあったんでしょ。何?」
「・・貴方の部下が奥州にいました。六爪のことを伝えたのはその忍」

佐助「うん、あんたに追い返されちゃったけどねぇ」
「なら私と断定できなくとも、不審な人物が伊達様のお屋敷にいると、知っていたはずです」

佐助は、目を閉じて深く息を吸い吐いた。

佐助「特徴聞いてすぐにだーって、分かったよ」
「では何故、そのときに殺」

佐助「そのとき俺様にはまだ、暗殺の仕事はなかった。瀕死って聞いて、潜入にしてはおかしいなーと思ったから里長(さとおさ)には報告したけど、音沙汰なし」
「・・・・」

は、目を瞑ったまましゃべる佐助に、反撃されないか警戒していた。
だが頭のなかでは、佐助の言葉と、今まで自分の身に起きたことが交差していた。


佐助は、私がかすが暗殺の任に就いたことを、文を見るまで知らなかった・・・。
伊達様に救われ、瀕死の状態から武具奪還までの一ヶ月間・・・・佐助は、私が瀕死の状態で奥州にいることを、里長へ報告した。

里長が佐助に文を送ったのは、私が蛟奪還に成功し、里を出てすぐ。
奥州に向かう途中、佐助に文が届き、里長の虚言を真実だと思い、暗殺の任を授かる・・・。

「嘘です」
佐助「あのね〜。信じたくないからってー」

は首を左右に振る。
「奥州にいると報告したなら、そのときに暗殺の任がくるはずです」

佐助は声を上げて笑った。
佐助「ちょっと〜。そんとき、あんたは蛟を奪ってないでしょー」

虚言の文に書かれていない、真実を佐助は知らない。
「私が殺される理由は、蛟です」

佐助「知ってるよ」
「蛟を奪ったからじゃないんです!私は・・・かすが暗殺の任から。いえ、蛟に選ばれたときから、里に命を狙われていた。貴方は知らない、蛟は・・蛟に選ばれた忍はいずれ里を滅ぼすと、昔から言い伝えられてきた。・・・だから」

佐助「知ってるよ」
の言葉が止まった。

里長に伝えたのなら、その時点で自分に五忍、もしくは佐助を差向けたはず。
だがまったく療養生活の間に忍は来なかった。だから佐助は嘘をついている。

そう言おうとしたが・・・。

は、佐助を呆然と見る。
(知っている・・・?)

蛟のことか、それともかすが暗殺の任から里に命を狙われていることか。
何にせよ、佐助に言っていることは、滅茶苦茶だ。

「・・・知ってる・・って」
佐助「蛟のことも、里長が嘘ついててあんたの言ってることが本当で・・・とくかく、全部だ」

「・・・」
佐助はに向かって、にっこり笑う。


佐助「ぜーんぶ、知ってるよ」









気づけ己(おの)が本心(後編)
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